男色カップルで仲良く果し合い
相思相愛の男色カップル、森脇権九郎と美少年増田甚之介の間にあらわれたおじゃま虫、半沢伊兵衛。伊兵衛はいくら恋文を送っても無視されるので、ついに脅迫めいた手紙を甚之介に送ってきます。
不安になった甚之介は権九郎に相談するのですが「よし切り捨ててやる」という頼りがいのある返事を期待していたら、あにはからんや、「うまくあしらって」という情けない回答。腹をたてた甚之介は権九郎にまで「殺してやる」という憎しみを抱き、これまでの恨みと愚痴のつまった手紙を送りつけたあと、伊兵衛との果し合いに向かうのでした。
『男色大鑑』に描かれる、死地に向かう甚之介の姿はとにかく決まっています。
肌着には白い袷、上着は浅黄紫で腰を白く染め残し、五色の糸桜を刺繍させ、銀杏の丸の定紋も可憐であった。その大振袖の裏に染め込んだ紅葉がほのかに見え、帯は鼠色の八重織で、帯刀は肥前の忠吉作二尺三寸の大刀に、同作一尺八寸の脇差……
本人もアブラギッシュな精力漢だったという西鶴の筆は執拗ながら冴えにさえ、「死」に魅せられた美少年の姿が文章から立ち上ってくるようです。
さて、果し合いの場所につき、楠を背に岩に腰かけていると、夕焼けで朱色に拭われた空は、そのうち星のそぼ降る夜空となりました。
(最後に見る星かな)
などと思っていると、息せき切ってかけつけてくるものがいます。
「甚之介!」
恋人の権九郎でした。
夜目にも見間違うはずのない愛しい顔。やっぱり来てくれたというありがたさに怨讐は雪のように溶けていきます。しかし、心中とは裏腹に、
「腰抜けにようはない」
などと言ってしまうのが少年の心映えの難しさ。
権九郎は先の失言を後悔して涙を流しながら、
「この期に及んで申し訳はしない。三途の川で心底は語ろう」
と謝りました。
「無用の助太刀はいりません」
それでも甚之介が片意地を張っているうちに伊兵衛が家中の暴れ者16人を連れだってやってきたので言い合いもここまで、甚之介、権九郎もそれぞれ一人ずつ連れてきた家来に声をかけて刀を抜きます。
4対16の戦いでしたが、さすがに甚之介、権九郎は手練れで、互いに背中を守って一歩も引きません。
剣戟で散る火花は星月の灯りもくらませ、双方流れる血潮は川となって春の野原を潤します。
しかし、男色で結ばれたきずなの強さに、敵方は一人斃れ、二人斃れ。ついには総崩れとなりました。
権九郎が4人を斬り殺し、甚之介はその半分の2人。なんだかんだ言って、念者の力に頼り切りなのが少し面白いですね。いずれにせよ敵の死者計6名のなかにおじゃま虫の伊兵衛はいたようです。あとは手負い7人、他の者は行方知れずになりました。
味方の犠牲も少なくなく、下僕が1人死亡、権九郎は目の下に負傷し、甚之介も肩に軽傷を負いました。
権九郎、甚之介は己の働きに満足し、またほころびかけたお互いの愛情も、生き死にの場で再確認することが出来ました。
莞爾と白い歯をこぼしながら血と汗にまみれた顔を見つめ合う二人。そして、仲良く手をつないで、近くにあった永蓮寺を訪れると言いました。
「切腹しますので、あとのことをよろしくお願いいたします」
しかし、住僧は押しとどめ、
「はやまってはいけません。見事なふるまいだったのですから、まずはことの次第を家中にご報告しなさい。そのうえで、皆さまの見ている前でごりっぱに自害されればよいではないですか。名を後世に残しなされ」
と言って、番所へ文をしたためました。
その結果、2人には「切腹は待つように」というお達しが下り、その身は親類お預けとなりました。預は一応拘禁刑ですが、「傷養生をするように」という優しい言葉もあったので、まぁ、ほぼおとがめなしですね。
一方、伊兵衛方の方は「見つけ次第討ち捨て」ということになり、船止めまでして国中探索されました。結果、残余のものもすべて切り捨てられたようです。
その後2人には正式に無罪という判決がくだり、まもなくもとの職場に出仕することも出来ました。
甚之介、権九郎のカップルは男色の理想として国中の評判です。永運寺は観光スポットとなり、果し合いのあと、甚之介が残したものを一目見たいという客がひっきりなしに訪れるようになりした。物見高い客たちは、血染めの着物や傷だらけの刀や鞘に驚くやら感心するやら。
甚之介の書いた「会いに行ったら他の人と浮気してた」とか「見送ってくれなかった」とか、怨念のこもった恋文も何故か大公開されたうえ、どうしたわけか素晴らしいと大絶賛されました。。
「黒焼きにして心の浮ついた若衆どもに飲ませたい」
と評されたようです。お腹壊しそうですけどね。
いずれにせよ、これ以後、国中の男は身分の高下を問わず、衆道に命を惜しまないようになり、男女の恋は闇、衆道は昼となったのです。少年への横恋慕がきっかけで敵味方17人もの人命が失われたことをのぞけば、めでたし、めでたしと言うほかありません。
真実の愛のために両腕を切り飛ばされる美少年
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