(電王戦第2局1日目の山崎叡王のおやつを、自宅でいただく)
棋士の代表である山崎隆之叡王と、コンピュータ将棋の代表であるPonanzaとが対戦する第1期電王戦二番勝負。第1局は4月9日・10日、中尊寺でおこなわれたPonanzaが勝利した。少し間が空いた後、第2局は5月21日・22日、比叡山延暦寺でおこなわれた。
先後を入れ替えて、第2局は山崎の先手。戦形は、飛車の先の歩を進めていく、相掛かりの作戦が予想されていた。これは山崎が先手番の際によく用いる、得意戦法でもある。
本局がおこなわれる前、山崎だけではなく、対コンピュータのブレーンでもある、同じ森信雄七段門下の若手棋士たちも、Ponanzaに対する作戦を一緒に考えていた。
江戸時代には、大橋本家、大橋分家、伊藤家という、将棋宗家を中心とした一門同士が、一番強い指し手を立て、互いに競い合うことがあった。現代ではそういうことはないが、今期の電王戦では、新たな強敵であるコンピュータを前にして、森一門の絆がクローズアップされる構図になっていた。
後日放映された、NHKのドキュメンタリー放送でも明らかにされたが、事前の研究により、Ponanzaは相掛かりにおいて、やや変わった対応をすることが発見されていたという。ただしそのためには、人間側も、そこに至るまでに、人間相手には絶対にしない、変わった指し方で進めなければならない。一般的には「アンチコンピュータ」と呼ばれる戦略である。
山崎は、その戦略を選ばなかった。それを見た山崎の弟弟子たちは、ややがっかりした表情を見せていた。善悪ではなく、人間性に根ざした選択であろう。そして、同じ人間であれば、その選択を支持したいという人も多いのではないか。
スポンサーのナチュラルローソンから提供された、第2局のおやつは、以下の通り。
・1日目
山崎:ZEROノンシュガービスケット、チョコレート
山本:フランスロレーヌ岩塩の塩キャラメルカシューナッツ
(第2局1日目、山本一成さんのセレクトはカシューナッツ)
・2日目
山崎:ZEROノンシュガーチョコレート、ブランクリームサンド
山本:ZEROノンシュガーチョコレート
(チョコレートとホットコーヒーという最強タッグ)
(ブランクリームサンドと、夏はアイスカフェオレもいいですね)
筆者は本稿を書くにあたり、これらのお菓子を、ナチュラルローソンで購入してきた。写真はすべて、筆者宅にて撮影したものである。甘いものを用意し、コーヒーを入れ、棋譜を並べ返す。これは、至福のひとときだ。
ここで強調しておきたいのは、ネット上での将棋観戦は、金銭的な面から見れば、おそろしくコストパフォーマンスがよい、ということだ。タイトル戦の番勝負など、無料で見ることのできる中継も多い。また、電王戦や叡王戦を1か月の間、さらに快適に見るために、ニコニコ動画のプレミアム会員となり、観戦の友にコンビニでお菓子を買ってきたとしても、それほどの出費にはならないだろう。
ただし、時間は大きく奪われる(?)おそれはある。日々中継を観戦し、盤上に現れる無限とも思われる変化を目の当たりにし、驚き、感動し、将棋の広さ、深さを思い知らされ、そして人生は過ぎていく。
囲碁には「爛柯」(らんか)という故事がある。古代の中国で、木こりが山の中、童子たちが打っている囲碁をずっと観戦していた。ふと気がついて、かたわらの斧を見ると、木の柄が、ぼろぼろに朽ちている。山を下りて里に帰ってみると、知っている者はもう誰もおらず、数百年の時が流れていたことを知る。そういう話だ。
爛柯の故事を踏まえて、将棋四百年余の歴史を振り返ってみれば、なんだかあっという間の出来事のようでもある。コンピュータ将棋、四十年余の歴史もまた、そうだろう。
冒頭の写真の通り、山崎叡王や、Ponanza開発者の山本一成(やまもと・いっせい)さんが頼んだチョコレートは、丸い、一口サイズだ。スイートとビターの二層に分かれ、ほどよい甘さで美味しい。また、砂糖ゼロ、糖類ゼロのため、134kcalという低カロリーでもある。気分だけでも対局者の雰囲気を味わいたい、という方には、ぜひおすすめしたい。
ところで、将棋界でチョコレートといえば、加藤一二三九段の名を挙げないわけにはいかないだろう。加藤九段が超一流棋士として、タイトルを争っていた全盛期、明治製菓の板チョコを、8枚、あるいは10枚と、あっという間にたいらげていたという。
チョコレート界では名人クラスの知名度を誇るであろう、明治のミルクチョコレートは、1枚(50g)あたり279kcalだという。これが8枚や10枚だと、何kcalになるのか。筆者は子供の時からの加藤ファンで、同じように、明治のチョコレートも好きだ。しかし残念ながら、加藤九段を真似して、明治の板チョコを10枚一気に食べることはできないだろう。
2日制の1日目、15時というのは、駒もまだぶつかっていないことも珍しくない時間である。しかし、第1局に続いて第2局も、早くも勝負どころを迎えていた。観戦している側は、チョコレートやビスケットでコーヒーブレイクでも、対局者は甘いことを言っていられない。
ほどなく、山崎の側に、決断の瞬間が訪れる。踏み込んで一直線に進めるか、それとも穏やかにするか。二択である。踏み込めば、一気に決着がつく。そして人間の側が勝ちそうでもある。ソフトによる検討でも、有力だということになった。
考えに考えて、山崎は後者、穏やかな方を選んだ。結果的にはどうだったのか、ということになるが、人間ならば、やはり同意したくなる選択である。
2日目15時。おやつの時間を頃には、形勢ははっきりとしていた。数字ではっきり表されるのは、チョコレートのカロリーだけではない。コンピュータ将棋が強くなってからは、将棋の優劣の差も、「評価値」という名の数字となって、明快に表されるようになっている。多くの観戦者は、盤面とともに評価値を眺め、その揺れ動きに、一喜一憂している。そういう時代だ。
山崎叡王は、観戦者にわかりやすいところまで、指し手を進めた。そして17時15分、「負けました」と頭を下げ、投了の意思を示した。
かくして第1期電王戦は、Ponanzaの2連勝で終わった。その結果については、現状では既に、意外というわけではない。事前に棋士やコンピュータ将棋開発者など、多くの関係者に予想を問うてみたが、人間が勝てるという意見は、ほとんど聞かれなかった。
人間の代表が、弱いはずがない。しかし結果が明快に示すのは、コンピュータは今や、その人間よりも強いという、厳然たる事実である。
とはいえ、将棋をよく知らない人が、「人間とコンピュータが将棋を打てば、人間が負けるのは当たり前」と軽く語っているのを見かけると、筆者はどうにも、やりきれない気分になる。「そう簡単に言わないでよ」と、叫びたくなる。
人間側のエキスパートが、どれだけ素晴らしい技量を持っているのか。そしてコンピュータがそれに追いつき、追い越すまで、開発者の側にどれだけの苦労があり、どれだけの失敗があり、どれだけの積み重ねがあったのか。そこまで含めてわかってもらうのは、難しいだろう。
今から五十年近い昔の、1967年。コンピュータは、詰将棋という、ごく限られた分野においては、開発開始からほどなくして、既にかなりの実力を得ていた。ちょうどその頃、時代を先取りして、というべきか、雑誌の企画で詰将棋の解答競争に敗れた、作家の木山捷平(きやま・しょうへい)は、次のような言葉を残している。
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