電気サーカス 第69回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活を送っていたが、生活費を稼ぐためOA機器の修理会社に就職。そして、仕事の合間を縫って真赤と京都へ旅行に行くことに。

 真赤は繰り返し主張し、そして僕が繰り返し否定する。やがて彼女は渋々引き下がったが、納得はしていないようだった。
 それから僕たちは、僕の持っていた旅行鞄に二人の荷物を詰め込み、そうしているあいだに夜遅くなってしまったので、まだ作業は中途であったが眠りについた。
 翌朝、朝早くに僕らは起き出して、前日に終わらせられなかった旅行の準備を済ませる。すると、すでに九時を過ぎていたので慌てて家を出た。
 電車を乗り継いで新横浜まで行くと、朝早いとは言えやはり盆休みであるせいか、新幹線の指定席は売り切れている。自由席には乗りたくないので、グリーン車の隣り合った席を二枚買って、一枚を真赤に渡す。
 予算は充分に用意していたので、特に心配はない。僕らは普段、特別節約したり我慢をすることはなかったが、それでも毎月収入の半分ほどが余って、貯金になる。金を遣うところがなかった。コンビニで値札を見ずに商品をカゴに入れたり、歩くのが面倒な時、たまにタクシーを使うだけで、充分以上に贅沢をしたような気分になってしまう。それが精々だ。
 僕はなんと小市民なのであろう。大志あふれる英雄ならば、いくら金があっても足りないだろうに。なのに、足りないどころか、満足して余らせてしまうとは、あまりにも人間としての器がちいさすぎるのではないだろうか。いくら多いと言っても、世間からすれば特別な高給取りとも言えない額なのである。
 己の圧倒的な小市民性に眩暈を覚えつつ、新幹線の座席に腰をおろすと、人心地がついて少し眠くなった。暇つぶしのために、ゲームボーイアドバンスを持って来ていたけれど、ソフトはウイニングポストしか用意していない。それは競走馬を育てるゲームである。僕はやる気がなかったが、何故か真赤がやってみたいと言い出したので、彼女に渡す。
 体調は相変わらず良くない。寝起きに体温を測ったら、やはり三十七度三分であった。まあ、休日に入ったからといって、昨日の今日で急に良くなるはずもない。一方、真赤の機嫌は昨日の今日で大分改善されている。朝からお喋りで、今もゲームに出て来る競馬用語などをいちいち僕に尋ねてくる。
 新幹線は動きだし、ゆっくりと新横浜のプラットホームを離れた。
 遠くに出かけるのは、久しぶりだ。京都に行くのも、久しぶりだ。前に行ったのは、二年ほど前だったろうか?
 それは寒い冬のことで、同行者はなく、僕は一人だった。花園シャトーに来る前の、逆野と二人で2DKのアパートに住んでいた頃である。アルバイト代を貯めて、ぎりぎりの費用しかない貧乏旅行だった。京都、大阪とまわって、結局一週間くらい関西に滞在したのだろうか。夜になると雪の舞う京都で、安い旅館にチェックインした僕は下品な金髪姿で、薄汚れたジーンズを穿いていた。フロントの女は露骨に不審の視線を向け、口調もぞんざいで、僕は内心で舌打ちしたのを覚えている。
 あの時僕は自分の部屋で文鳥を飼育していた。出かける時に、餌と水をやっておいてくれるよう書き置きを残したのだけれど、逆野は読んでいなかったらしい。帰るとその小鳥は、乾燥した草を編んだつぼ巣のなかで硬くなっていた。毛の生えそろわぬ小さな雛から育てたのだけれども、可哀想なことをしてしまった。鳥が死ぬことを落鳥と言うらしい。悲しい言葉だ。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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