電気サーカス 第68回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活を送っていたが、生活費を稼ぐためOA機器の修理会社に就職。猛暑の日々に耐えながら、仕事を続けていた。

「なんだか、このプリンター、ベタを印刷するとムラが出るんですけれど」
 作業を終わらせたら、それを待ち構えていたかのように、デザインパーマをかけて、誰か知らない外国人の顔がプリントされたTシャツを着た担当者が言った。僕にはあまり良い柄のシャツとは思えないけれども、やはりそこは、デザインやらアートやらを職業にする、感性の優れた人間にしかわからない良さというものがあるのだろうか。
「色のバランスもね、どうも微調整が出来なくて、思ったような発色が出来ないんですよ。何か、機械的な調整はないんですか?」
 そこは個人のデザイン事務所で、担当者はその社長であった。と言っても、まだ若い。三十に届くか届かないかといったところだろう。
「機械の調整によって色味を変えるというのは、ちょっと難しいですね」
 実は、裏技的な技術として、とあるネジを緩めたり締めたりしてトナーの供給量を変え、発色のバランスを変えるという方法もあるにはある。が、そのネジは本来そういった用途のものではなく、緩めることによって別のトラブルの原因にもなるし、出来ればやりたくはなかったのでそう答えた。
「じゃあ、これがこのプリンターの仕様だっていうんですか?」
「ええ、申し訳ないのですが、性能の範囲内となっております」
 これは嘘偽りはない。インクジェットプリンターならまだしも、このタイプのカラーレーザーは、オフィスの書類に色をつけるといった用途に用いるべきもので、プロのデザイナーを納得させるだけの発色能力は最初から持ち合わせていないのだ。
 こういったクレームはよくあるので、僕は持ち歩いているサンプルを複数見せて、どれも中間色に弱く、広い面積にベタやグラデーションをやらせるとムラが出来てしまうということを説明した。本当は、取扱説明書にもそのあたりの説明は掲載されているのだけど、相手の見落としを指摘しても怒らせるだけだろうからまだ言わない。
「それはおかしいじゃないですか。テレビのCMでは、有名タレントを使って、まるで写真のような画質だとか、立派なこと言っていますけれど、実物とまるっきり違うなんて。誇大広告って、訴えますよ?」
 それはまったく同感で、何度も同じクレームに当たる僕としても、あんな、美辞麗句に満ちたCMなど、さっさと訴えられて、そして現実に即したものに改善して欲しいと、常々思っているのだ。が、まさかそう正直に本心を吐露する訳にもいかなかった。
「申し訳ありません」
 と頭を下げて、愚痴るだけ愚痴らせれば、そのうち気が済むのは知っている。大抵の人は、プリンターのことで長時間怒り続けるよりも重要な仕事を抱えているのだ。言いたいだけ言って気持が落ち着いたのを見計らうと、説明書のことを話し、すかさずサインを貰い、その場を後にした。
 もう十九時になっており、夏と言えども辺りは暗い。これ以上作業がなければ、二十一時か二十二時には会社を出て帰路につくことが出来るだろう。しかし、この時間から新しい作業が入ることはごく日常的にありえた。おそるおそる事務所のマトバさんに報告の電話をすると、幸い今日はもう帰社で良いとのことで、ほっとため息をつく。
 そうして、僕の盆休み前の最後の仕事は終わった。明日からは晴れて、連休である。京都旅行である。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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