電気サーカス 第66回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活を送っていたが、生活費をかせぐためOA機器の修理会社に就職。連日の猛暑に耐えながら、何とか仕事を続けていた。

 三軒茶屋での一件目の仕事の内容は、二台のモノクロレーザーの給紙不良だった。どちらもパーツを交換するまでもなく、ローラーとセンサーの内部清掃にて正常動作に復帰。保証対象外のリサイクルトナーを使っていたので、これが故障の原因になる可能性があると客に伝えて退散する。次は歩いて十分ほどの場所にある建設会社。PCのLANが繋がらなくなったという案件で、調べてみると、単なる設定の失敗だったので十分で作業完了。次の訪問先は午後に尋ねる予定であったが、思ったより早く終わってしまったので、電話をしてみると、今すぐ訪問してもいいとのことで、予定を繰り上げてそちらへ向かう。
 田園都市線を使って渋谷駅を降り、汗だくになりながら井の頭通りをのぼっていって、やがて右手に見える大きな建物がその場所だった。正式名称は日本放送協会。通称NHK。
 テレビ局に来ると、どこかに顔を知っている有名人でもいないかと、無意識に探してしまうのが我ながら俗だった。裏側の玄関を入ってすぐ、右手に設置されたソファーのところで、この間はヨネスケを見たっけ。大学生だったころ、新宿の裏通りをあてもなく一人でぶらぶら歩いていた時もヨネスケを見た。路上でスタッフらしい無精髭の男を相手に、恐ろしい顔で怒っていたのを覚えている。ここで見た時も、このソファーに座って正面の男に怒っていた。それを見る僕はだらしのない若者の格好からスーツ姿に変わっていたが、ヨネスケは変わらず怒っていた。どうして僕は二度も怒れるヨネスケに巡り会うのか。何か縁があるのか。
 今日は有名人は見当たらない。受付のところに三人ほどが列を作っていたので、僕もその後ろに並ぶ。
 NHKは入館手続きがややこしい。受付のところで担当者の部署と名前を告げると、おばちゃんが内線で当人に確認を取る。そこで無事確認が取れると黄色い入館証が渡される。これに担当者のサインを貰って、帰る時に守衛に見せなくてはならない。
 僕もいろいろな場所に足を踏み入れたが、こんな面倒な手続きが要るのはここだけだ。やはり日本の主要な放送局だけあって、厳重なのだ。そんな場所に、正当な手続きで堂々と足を踏み入れることが出来るようになるとは、僕も大したものだ。えらいものだ。
 貰ったばかりの入館証を守衛に見せて、構内に足を踏み入れる。NHKの建物は、妙に複雑な構造で迷いやすい。クーデターなどが起こって、武装集団などが占拠しようと押しかけた時、防戦がしやすいようにわざとわかりにくく作ってある、という都市伝説がまことしやかに流れているが本当かどうかは知らない。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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