電気サーカス 第65回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活を送っていたが、生活費をかせぐためOA機器の修理会社に就職。体調を崩したりしながらも、何とか仕事を続けていた。

「ナベヤマ君、今日の一件目はどこなんだい?」
 朝礼が終わり、出発の準備をしているとキサラギさんに声をかけられた。
「三軒茶屋のあたりですね」
「駅の近く? だったら、おれの通り道だから近くまで送ってあげるよ」
「あ、本当ですか。助かります」
「そのかわり、積み込み手伝ってくれよ。ちょっと大荷物なんだ」
 キサラギさんに言われるまま席を立つと、引き上げ修理が終わったA4モノクロレーザーが一台と、ビニール袋に入れられたドットプリンターの機構部分が事務所の前に並べてある。これを車に積み込むということらしい。確かにこれは一人では大変そうだ。僕はモノクロレーザー、キサラギさんはドットプリンターのユニットを抱え、エレベーターに乗り込む。駐車場はビルの裏手にあり、一番奥に使い込まれてくたびれかけた社用車が停まっている。
「ナベヤマ君の荷物は?」
 全ての荷物を積み終わると、キサラギさんはそう尋ねた。
「今日は大したものはないですね」
「じゃあこのまま出発しよう」
 そして僕たちは車に乗り込んだ。
 まだ朝だというのに、車内の空気は蒸したように温かく、キサラギさんは冷房をつけ、風量のつまみを最大までひねった。古い車のエアコンは、すぐには効いてくれず、最初はただかび臭いだけの風をはき出すばかりだ。
「こんな日は、歩きだと大変だねえ。まいっちゃうでしょ?」
「そうですねえ。特に大手町のあたりとか、きついですね。あの街、コンクリートと、ガラスしかないですから。ああいう環境だと地表は何度くらいになるんでしょう? みんな地下を使うものだから、上には人がいなくて、死の街みたいですよね」
「おれもあの辺はいやだな。車を停めるの大変だし、昼飯食うにもちょうどいい店がないしねえ」
 五月が過ぎ、梅雨が終わり、そして夏が訪れている。ということは、この会社に勤めるようになってから、二ヶ月と半分ほどが過ぎたのを意味する。
 自分のスーツ姿を見るのにも馴染み、訪問先で社名を名乗るのにもようやく違和感がなくなって来た。まだ扱える機種はレーザープリンターとPCのみではあったけれども、それらのトラブルであれば大抵は独力で処理出来るようにはなったので、ミタ君とのコンビを解消し、一人で毎日都内のあちこちの会社を訪問している。そして給料も、研修時のほぼ倍になった。
 倍と言うと嘘みたいだけれども、事実である。柾木さんの会社ではそれが当たり前らしく、やはり僕と同じように柾木さんの会社から派遣された人物に、トミタさんという人がいて、彼は僕とは別の事業所で働いているのだけれども、
「これ、間違いじゃないんですか?」
 と、その金額に驚いて思わず柾木さんに確認してしまったという話が伝わっている。実際自分の口座に四十万円も振り込まれると、僕も驚いた。ついこの間まで、月二十万にもみたぬ給料で、カラオケ屋のアルバイトをしていたのである。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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