「模索途中の過剰主義」の服とは
背後から「えっと、今日はどういう髪型にしましょうか?」と尋ねられる度に体が硬直する。具体的な髪型を提示することができないので、精一杯の半笑いで「EXILEの下部組織にいそうな髪型はイヤですね。あと、ハツラツとした挨拶を繰り返すベンチャー企業にいそうな、ひとまず両サイドを刈り上げてみた、みたいな髪型もイヤですね」とNGだけを伝えると、今度はあちらが硬直してしまう。気を利かせたアシスタントさんが『男のヘアカタログ』みたいな雑誌を持ってくるのだが、「そもそもこのモデルさんたちの濃い顔にピントが合って髪型に目がいかないですよね〜」と小粋なトークを繰り出したつもりが、「この減らず口がまだ続くのか」と先方の硬直が更に強まる。結局、「長くなったので短めに」というお願いにとどまり、最初からそれだけ言えばいいのに、と鏡ごしの目が語る。
髪型にしろ服装にしろ、いわゆるファッションの最先端で投じられる小難しい言葉が苦手で、具体例を挙げれば、水嶋ヒロとスタイリストとの間で繰り広げられたこういう対話である。スタイリストが「今回のテーマの〝ポストモダン〟は前回のテーマだった〝モダニズム〟っていう近代的に整理されたものへの否定から始まる運動のこと。その移り変わる瞬間の新しい空っぽの部分を出したかった。(中略)模索途中の過剰主義というか」と投げると、水嶋は「試行錯誤してる、もがいている感じ」と、すぐに納得する(水嶋ヒロ『HIROMODE』)。見てくれに向かう「模索途中の過剰主義」で共鳴できる感じは、こちらの「長くなったので短めに」という妥協とまったく相反するやり取りに違いない。日頃、それなりに異論や対論を受け止めているつもりなのだが、ファッション方面の小難しい言葉に対しては、苦手意識で硬直してしまう。