結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第160回を迎えることになりました! みなさまの応援に感謝します。
さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を7月8日までお休みさせてください。
日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定
・2016年6月10日(金)第160回更新
・2016年6月17日(金)お休み
・2016年6月24日(金)お休み
・2016年7月 1日(金)お休み
・2016年7月 8日(金)第161回更新
・(以後、毎週金曜日更新)
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
テトラちゃんのまとめ
ミルカ「そう。……ところで、ここまで考えてきたコーシー列による完備化を別の角度から眺めよう。まずは……」
テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。いったんここまでのお話を整理させてください」
ミルカ「ふむ」
テトラ「ミルカさんは、《有理数全体の集合》から《実数全体の集合》を構成するというお話をしてくださっていました」
僕「コーシー列による完備化だね」
テトラ「はい……そして、そのお話はこんなふうに進みました」
- 《各項が有理数である数列全体の集合》というものを考えます。
- その中で特に《コーシー列》という特別な数列に注目します。
- 《コーシー列》は、収束する数列になるのですが、その収束先が有理数になるとは限りません。
- ですから、あたしたちの手元には有理数しかなくても、《コーシー列》を使って有理数以外の数を指し示すことができます。
- それによって無理数を作り、結果的に実数全体の集合を作れることになります。
- 同じ数に収束する《コーシー列》は《同じ旗のもとに集う仲間》としてひとまとめに扱いたいです。
- そのために、《コーシー列》の項ごとの《差》を表す数列を考え、その数列が$0$という有理数に収束するかどうかを調べます。
- あとは、差が$0$に収束する《コーシー列》同士を同一視する同値関係を作り、それで《コーシー列》全体の集合を割ればできあがりです。
- そこからは、実数の和や積などの計算を作っていく……
僕「そうだね。その流れの通りだと思うよ」
テトラ「差の数列を考えるところがおもしろいと思いました。同じ数に収束する数列を見つけるのに、差が$0$になる数列同士を仲間にするところです。同一視、ですね」
僕「そうだね。これで《コーシー列による完備化》ができた」
テトラ「完備化……どうしてこれを完備化というのでしょうか」
ミルカ「収束先の数までが、その集合の中に備わっているから。有理数では、コーシー列を使って有理数の《外》へ抜け出すことができてしまう。 しかし、完備化によって実数全体の集合を作ると、 コーシー列を使ってその集合の《外》へ抜け出すことはできない。 収束に関して閉じていることになる。正確には有理数のコーシー列の収束とは別に、 実数のコーシー列についての収束を検討する必要があるけれど」
テトラ「先ほども、そういうお話がありましたね(第159回参照)。抜け出せるかどうか」
別の完備化
ミルカ「さて、私がこれから考えたいのは、別の完備化だ」
僕「別の完備化?」
テトラ「完備化に何種類もあるんですか?」
ミルカ「そういう意味ではない。先ほどのテトラの《まとめ》に出てきた《重要な概念》を少し変えるのだ」
僕「《重要な概念》というのは、《コーシー列》のこと?」
ミルカ「《コーシー列》を定義するために必要になる《重要な概念》のこと。その《重要な概念》はまた、 《数列同士の差》を考えるときにも必要だ。 つまり、完備化を行うときには本質的な役割を果たすことになる。 さて、その《重要な概念》は何かな?」
テトラ「《コーシー列》というと、$\XABS{a_m - a_n}$が$0$に収束する数列ですよね。《数列同士の差》というのは、$\XABS{a_n - b_n}$です」
僕「ミルカさん、もしかして、絶対値? 絶対値が《重要な概念》になるの?」
ミルカ「その通り。これから私たちは別の《絶対値》を考える。それを《$2$進絶対値》と呼ぶことにする」
テトラ「$2$進絶対値……」
$2$進絶対値
ミルカ「これから考えるのは、有理数の$2$進絶対値だ。ふだん私たちが使っている絶対値が《$0$からの距離》を表現しているように、 $2$進絶対値も数の《$0$からの距離》を表現していると見なすことができる」
テトラ「す、すみません。さっぱりわからないんですが……」
ミルカ「まだ何も説明していないのだから、わからないのは当然だ。わかったら驚きだよ、テトラ」
テトラ「は、はい」
ミルカ「まずは定義から。有理数の$2$進絶対値は以下のように定義される」
$0$以外の有理数$x$を、 $$ x = 2^n \cdot \dfrac{b}{a} $$ と表現する。ここで、$n$は整数、$a,b$は奇数である。
このとき、$0$以外の有理数$x$の$2$進絶対値$\XABS{x}_2$を、 $$ \XABS{x}_2 = \dfrac{1}{2^n} $$ と定義する。
また、$0$の$2$進絶対値$\XABS{0}_2$を、 $$ \XABS{0}_2 = 0 $$ と定義する。
テトラ「……」
僕「……」
ミルカ「さて?」
テトラ「……すみません。やっぱりわかりません」
僕「違うよ。テトラちゃん。ここは考えどころだ。僕もさっぱり意味がわかってないけれど、ミルカさんから《定義が与えられた》んだから、僕たちがやることは決まっている」
テトラ「え……」
僕「もちろんそれは、《例を作る》ことだよ!」
テトラ「あ。そ、そうでした。《例示は理解の試金石》ですものね。例を作ろうともしないで、わからないなんて言っちゃだめですね……」
ミルカ「たとえば、クイズ。$\XABS{6}_2$を求めよ」
有理数$6$の$2$進絶対値、 $$ \XABS{6}_2 $$ を求めよ。
僕「まずは、定義から、$$ 6 = 2^n \cdot \dfrac{b}{a} $$ を満たす整数$n$と奇数$a,b$を見つけないと」
テトラ「あ、分数ですから$a$は非$0$ですよね。ゼロ割になりますから」
僕「テトラちゃん、$a$は奇数だからもともと$0$は除外されているよ……」
テトラ「そうでした……」
僕「$6$は$2\times3$だから、こうかな?$$ 6 = 2^1 \cdot \dfrac{3}{1} $$ つまり、$n = 1, a = 1, b = 3$だね」
テトラ「ということは、$n$が$1$ですから、$2$進絶対値は、$$ \XABS{6}_2 = \dfrac{1}{2^1} = \dfrac{1}{2} = 0.5 $$ でしょうか」
ミルカ「それでいい。$0.5$でもいいし、$\dfrac{1}{2}$のままでもいい。とにかく、$\XABS{6}_2$がわかった」
$$ \XABS{6}_2 = \dfrac12 $$
テトラ「あ、あれ……たった一個の例を考えただけなのに《難しくないかも》と思えてきました。不思議です!」
僕「そうだね。僕もそう思うよ。この調子でいくつか例を作ってみようよ。たとえば、$\XABS{20}_2$とか」
テトラ「$20$は、$2^2 \times 5$ですね。ということは、$$ 20 = 2^2 \cdot \dfrac{5}{1} $$ になって、$n = 2$です。ですから、 $$ \XABS{20}_2 = \dfrac{1}{2^2} = \dfrac{1}{4} $$ になります! ちょっとコツがわかってきました」
僕「そうだね。これって、$2$進絶対値を考えるときには$2^n$だけが効くんだ。$a,b$は関係がない。言い換えると、$2$進絶対値というのは《$2$で何回割ることができるか》を表しているのかも。 $2$で割ることができる回数が多いほど、$2$進絶対値は$0$に近づくね」
テトラ「そうですね! だって、$2^n\cdot\dfrac{b}{a}$から$\dfrac{1}{2^n}$を求めるわけですから」
$$ \XABS{2^n\cdot\dfrac{b}{a}}_2 = \dfrac{1}{2^n} $$ミルカ「では、$2$で割り切れない$9$の$2$進絶対値はどうだろう」
僕「なるほど、$9$は奇数だから……簡単だよ。$2^0 = 1$を使えばいい。こうだね。$$ 9 = 2^0 \cdot \dfrac{9}{1} $$ だから、$2^0$の逆数が求める$2$進絶対値で、 $$ \XABS{9}_2 = \dfrac{1}{2^0} = \dfrac{1}{1} = 1 $$ になる」
テトラ「あれ、ということは、奇数の$2$進絶対値はいつでも$1$ですか?」
僕「そうなるね。負でもそうだね」
$$ \XABS{\pm 1}_2 = \XABS{\pm 3}_2 = \XABS{\pm 5}_2 = \cdots = 1 $$テトラ「$2$進絶対値は等しくなることもあるんですね」
ミルカ「ふつうの絶対値でもそうだ。$\XABS{1} = \XABS{-1} = 1$」
テトラ「あ、確かに」
ミルカ「奇数の$2$進絶対値が必ず$1$になるのはわかった。それでは、偶数の$2$進絶対値はどうだろう」
僕「それは、$2$で何回割れるかによるよ。$2, 6, 10, 14$のように、$2 \times \text{奇数}$だったら、$2$進絶対値は$\dfrac12$だね」
$$ \begin{align*} \XABS{2}_2 & = \XABS{2\cdot\frac11}_2 = \frac12 \\ \XABS{6}_2 & = \XABS{2\cdot\frac31}_2 = \frac12 \\ \XABS{10}_2 & = \XABS{2\cdot\frac51}_2 = \frac12 \\ \XABS{14}_2 & = \XABS{2\cdot\frac71}_2 = \frac12 \\ &\vdots \\ \end{align*} $$テトラ「ははあ、いまのは、$1,3,5,7\ldots$に$2$を掛けたものですね。だったら、$1,3,5,7,\ldots$に$2^2$を掛けたものの$2$進絶対値は$\dfrac1{2^2}$になるんですね」
$$ \begin{align*} \XABS{4}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{12}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{20}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{28}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^2} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$僕「そうだね。いくらでも繰り返せる。奇数に$2^3$を掛ける、奇数に$2^4$を掛ける……とね」
$$ \begin{align*} \XABS{8}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{24}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{40}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{56}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^3} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$ $$ \begin{align*} \XABS{16}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{48}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{80}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{112}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^4} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$テトラ「あたし、$2$進絶対値さんと《お友達》になれそうです!」
ミルカ「そう? それなら、このクイズは?」
$$ \XABS{0.2}_2 $$ を求めよ。
テトラ「$0.2$の$2$進絶対値?」
ミルカ「$0.2$も有理数だから」
僕「……」
テトラ「$0.2$は、$0.1$と$2$を掛けますよね……あれ?」
僕「これは《定義にかえれ》だね」
テトラ「定義にかえれ……ああ、わかりました。分数に直せばいいんですね!$$ 0.2 = \dfrac{2}{10} = \dfrac{1}{5} $$ ですから、 $$ 0.2 = 2^0 \cdot \dfrac{1}{5} $$ になります。 ということは、$2^0$の逆数で、 $$ \XABS{0.2}_2 = \dfrac{1}{2^0} = 1 $$ になります」
僕「へえ、$0.2$は$2$進絶対値としては、奇数と同じなんだね」
ミルカ「$0$と$0.2$の《$2$進距離》は、$0$と奇数との《$2$進距離》に等しいといえる」
僕「$2$進距離?」
ミルカ「有理数$x$の$2$進絶対値$\XABS{x}_2$が定義できたのだから、二つの有理数$x,y$に対して、 $$ \XABS{x - y}_2 $$ を《$2$進距離》と呼ぶのは自然なことだと思うが」
テトラ「な、なるほど……」
僕「なるほどね」
ミルカ「テトラと君がたくさんの有理数$x$について、$2$進絶対値$\XABS{x}_2$を計算してくれた。それはすなわち、$0$と$x$の$2$進距離を計算したことになる」
テトラ「せ、先輩方! あたし、ひらめきました。それって、図に描けます! $0$より遠い人もいますし、$0$に近い人もいます。人じゃなくて有理数ですけど。同心円の上にいるんですよ!」
ミルカ「同心円?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)