一番許せなかったのは、「どちらでもいい」という投げやりな言葉。

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。碇さんも妻も水商売で、年収は低い、社会的信用はない……世に言う「東大生の家」にありそうなものは、何もない。そればかりか、両親に棄てられたという過去もありました。
自分が死んでも息子が一人で生きていけるだけの力を身につけさせたい・・・そんな思いで、手加減なく子育てに向き合ったそうです。 『田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。』より、第8回特別掲載です。

「どちらでもいい」という言葉に胸が痛む。

 生きていくことは『決断』の連続だ。そのときどきの状況や条件に応じて、『決断』しなければならない。決断に納得していなければ、『結果』にも納得がいかなくなる。決断に納得していないから、『後悔』することになるのだろう。
 私も、これまで多くの決断をしてきた。その決断の結果、思い通りの結果になったことも、思い通りでない結果になったこともある。人生の浮き沈みというような経験を積み重ねてきた私だが、私自身が持つ知識と経験、調べた結果を活用して決断するようになってからは、後悔することはなくなったように思う。もし思い通りでない結果になっても、納得して決断していれば、『反省』することができる。反省は貴重な経験になるはずだ。

 決断するというと仰々しいが、『選択』と言い換えたほうがわかりやすい。人生のほとんどの場合、どちらかを選ぶか、どれかを選ぶことを繰り返している。人生においては、選択することが決断することのように思う。もちろん息子にも決断すること、選択することを身につけさせようとしてきた。  
 ただ、それを身につけさせるのは難しい。お店の女の子たちと接していても、決断は苦手のようだ。苦手というよりも決断を避けているように思える。女の子たちのある口グセを聞くたび、胸が痛くなる。それが、
「どちらでもいい」  
 という言葉だ。

 この「どちらでもいい」という決断を否定するつもりはないが、どちらかと言えば、投げやりに決断を避けているときに発せられることが多い言葉に感じられる。
 息子やお店の女の子が「どちらでもいい」と言うと、腹が立つこともあった。しかし、お店の女の子たちとよくよく話をして気がついた。お店の女の子たちは、決断するだけの知識と経験が少ないのだ。知識と経験が少ないから選択できない。『選択肢』がないから選択できない。これは息子にも当てはまる。  
 子供たちは、『選択肢』を持っていないから選択できない。選択肢がないから、決断することが身につかないとも言える。決断することを身につけさせるためには、はじめのうちは、選択肢を示していけばよいのではないだろうか。


「なんでもいい」に隠された秘密。

 息子が小学生だったころ、早朝アルバイトが休みの土曜日には息子に昼食を作った。息子の食べたいものを作ってあげようと、食べたい料理をたずねると、
「なんでもいい」  
 と、息子は答えた。ときには食べたい料理を言うこともあったが、ほとんどの場合が「なんでもいい」だった。動物の本能・欲求、生命にかかわる食べ物にさえ、はっきりと意思表示ができない息子に腹ただしさを感じ、「なんでもいい」という言葉を真に受けて、息子が苦手な私が食べたい料理を作ることもあった。  
 苦手な料理が目の前に出され表情が曇る息子に、
「なんでもいいって、言ったじゃん。仕方がないね」  
 と、言ったこともあった。しかし、その後も息子は「なんでもいい」という言葉を口にした。「なんでもいい」と言い続ける息子に失望するとともに、息子に対する『子育て』にも不安になり始めた。大げさなようだが、食べるという生命にかかわる『判断』ができないようでは、これから先の息子の人生が思いやられると思ったのだ。

 ある日、また、「なんでもいい」と言う息子に、
「いつも、なんでもいいって言ってるけど、自分が食べたいものがないの?」  
 すると息子は、
「食べたいものがわかんないんだもん」
「食べたいものがわかんないって、自分の食べたいものがわかんないの?」  
 私が問いつめるように息子にたずねると、息子は何か感じたのか、
「食べたいものはあるけど、どれにしたらいいのか名前がわかんないの」  
 と、答えた。私はハッとした。

 私は、息子の言葉をちゃんと理解していなかった。息子は自分の食べたい料理が思い浮かんだが、それを私に説明する言葉を持っていなかっただけなのだ。食べたい料理はたくさんあるが、その中から一つを選んで、その料理の名前を私に伝えることができなかったわけだ。幼い子供は、色や形、映像で物事を認識し判断するように思う。息子も幼いころは、漢字を形、映像として覚えていた。そのことに気づいた私は、息子に料理の映像を見せれば、息子は食べたい料理を選ぶことができるのではないかと思った。  

 私が早朝アルバイトをしていたファミリーレストランのメニューも、料理をイメージした写真が並んでいる。ファミリーレストランで働きながら、こんな身近なことに気がつかなかった私は、息子に申し訳ないことをしてしまった。しかし、わが家にはファミリーレストランのような写真つきのメニューはない。ファミリーレストランへ行ってメニューを見て帰ってきて、わが家で調理するわけにもいかない。今ならインターネットで画像を検索するということもできるが、パソコンがなかったわが家ではそんなことは思いつくはずもない。私は「料理の写真、料理の写真……」とつぶやきながら考えた。しばらくして、
「あっ!」  
 と、声を出し、つぶやきながら考える私を不思議そうに見つめる息子の手を引いて、自動車に乗って出かけた。自動車で出かけた先は、近所のスーパー。息子の手を引きスーパー内を小走り。調味料売り場へたどりつくと、私は息子に言った。
「この中から食べたいものを選びなさい」

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田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。

碇策行

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。 出会った1000人以上のキャバクラ嬢や両親に棄てられた過去を持つ自身の生立ちから、我が子には同じ思いを味あわせたくない一心で...もっと読む

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mynameisa2c 「どちらでもいい」は、決断するだけの知識と経験が少ないのだ。知識と経験が少ないから選択できない。『選択肢』がないから選択できないのだ。 →「どちらでもいい」という投げやりな言葉。|碇策行 @inacaba_tw https://t.co/KVH2gvDV3X 3年弱前 replyretweetfavorite

Singulith 「なんでもいい」に怒る前に。  >「「わからない」ならば、わかるように説明すればいい。選択肢がないならば、選択肢を探してあげればいい。はじめのうちは親にとって面倒なことでも、しばらくすれば、子供自身が考えられるようになる」  https://t.co/2cuqZJQTwZ 3年弱前 replyretweetfavorite

suguruko ”決断するだけの知識と経験が少ないのだ。知識と経験が少ないから選択できない。『選択肢』がないから選択できない。” 助太刀しよう。 3年弱前 replyretweetfavorite

sizukanarudon 碇策行@kazikalin https://t.co/wAXGc3fQt1 お店の女の子たちは、決断するだけの知識と経験が少ないのだ。 知識と経験が少ないから選択できない。 『選択肢』がないから選択できない。 3年弱前 replyretweetfavorite