電気サーカス 第63回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、友人や、高校を入学直後に退学した真赤と気ままな共同生活を送っていたが、生活費をかせぐためOA機器の修理会社に就職。体調を崩したりしながらも何とか仕事を続けていたが……。

 組み上げた『HGUC 1/144RX-78-2 ガンダム』に、様々なポーズを取らせて遊んでいると、真赤が、構って、構って、と服を引っ張って僕の体を揺さぶって来る。
「出来上がったんだからいいじゃん。いつまでいじってるの?」
 感情の起伏が激しい真赤は、もう半分涙声になっている。僕はその目の前に、ガンダムをかざし、
「まあまあ、見てごらんよ。これが一番最初のガンダムなんだよ。ほら、良く出来てる。格好良いでしょう?」
 となだめてみたが、彼女はガンダムを受け入れようとしない。
「もう、いや! 私より1/144ガンダムの方が好きなのね! ばか!」
 そう捨て台詞を残して部屋を出て行った。これで安心して、心ゆくまでガンダムを鑑賞できるぞ。気楽になった僕は、ごろりと部屋に横になる。
 先日から、僕は会社に行かずに部屋でのんびりと過ごしている。といっても、会社を辞めたわけではない。そのうち辞めるだろうとは思うけれど、とりあえずまだ辞めてはいない。先日から東京の外れにあるメーカーのビルで、研修を受けろという話だったのだけれども、それがどうにも馬鹿馬鹿しくて、いやになっちゃったのである。
 どうも、完全な初心者向けの研修だったようで、内容が実にくだらない。研修が進めば高度になるのかと思って、資料に最後まで目を通してみても、知らないことが存在しない。そして実際に出席しても「レーザープリンターのプロセスは、現像、転写、印刷である」というような話を一時間もかけて説明されたり、「社会人は報告、連絡、相談の、ホウレンソウが大事」などという、わかりきった話をしたり顔でされてしまう。
 こんなものを毎日聞かされては、退屈のあまり性格が歪んでしまう。僕はこれ以上性格を歪めたくなかったのでもう行かないことに決定した。自主的にそう決めた。
 これに関してはちっとも罪悪感がない。というのはね、つい最近僕の給料制度が変わって、一台修理をするごとに報酬が出るという歩合制になったんですよ。すると一台も修理をしない研修では給料が発生しない。むしろ交通費の分だけ損をする。これは、行く方が愚かというものでしょう?
 という訳で、久しぶりにまとまった時間が空いた。今日で三日休んだことになるが、あと一週間、このまま研修が終わるまで休み続けるつもりである。この時間をどう楽しもう? さしあたって、この三日間は、万年床の上で寝転がり、音楽を聴いたり小説や漫画を読んだり、ツタヤで借りて来た映画を真赤と一緒に観たりした。それでも時間が余ってしまって、ついに、サイトの日記までも更新してしまった。停止状態のまま何ヶ月も放置していた『電気サーカス』の更新を、再開してしまった。
 それがどうしたという話ではあるが、僕にとってはほんの少しは意味がある。やはり文章を書かないと、毎日に張り合いというものがない。だって、人生というものは日めくりカレンダーが毎日捨てられてゆくように、一日一日というものをどんどん過去に捨てていってしまう。僕のように、存在のきわめて軽いものなら、なおさらだ。時間の流れはあまりにも無情だ。それを、日々文章にすることで引き留める、という訳にはいかないにしても、少なくとも書くことで、あらゆる喪失に対してあらがっているような気分にはなれた。僕は何かにつけ、あらがっているような気分が好きなのだ。だからやっぱり、文章を書くのが好きなのである。
 僕はこうだが、そう言えば、真赤の場合は、サイトで日記を書くという行為を、不思議な言い方で表現していたっけ。
「苦しいことがあると、増岡君が出てきて、いつもなんとかしてくれるの。サイトもその一環みたいな感じ」

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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