電気サーカス 第61回

常時接続の黎明期。『テキストサイト』をはじめた"僕"は、友人や高校を入学直後に退学した真赤と共同生活を送っていたが貯金が底をつき就職を決意。オフィス機器の修理会社で働くことになり、苦手な満員電車に揺られる日々を過ごしていた。

 ミタ君というのは、非常に容姿に優れた人物である。背が高く、足が長く、整った顔つきはアジア人離れをしており、その容貌に関して欠点らしいものが見つからない。僕がこれまでに出会ったどんな人間よりも、容姿という点においては抜きんでて優れているように思う。おまけに人当たりがよく、言葉も達者で、うまく喋るのだ。
 今僕たちは大戸屋で昼食をとっていた。スーツ姿では汗ばむような気温で、二人とも上着を背もたれにかけている。
 彼は唐揚げのついた定食を注文し、僕はマグロの刺身の乗った丼を注文していた。お互いそれを食べ終わり、今はくつろいでネクタイを緩めていた。
「水屋口さんて、育ちがいいんですね」
 とミタ君は言う。
 どういう意味だろうか? 自慢ではないけれど、育ちの悪さには定評のある僕である。何故急にそんなことをと尋ねると、僕が食べ終えた丼に米粒を残しているのを見て、そう感じたらしい。
「おれは食い意地が張ってるから、どうしても最後の一粒まで残さず食べちゃうんですよ」
 単に行儀が悪いだけの僕の食事を、そんな風に自嘲しながら褒めるのは、他の人間が言ったら嫌味になるのだろうけれど、それを感じないのは人柄なのだろうなと、僕は思った。
 彼はなんというか、屈託のなく、陽のあたる場所でまっすぐに育ったような人物なのである。人間性に影というものを感じさせない。僕や、タミさんや、真赤や、それに多くのインターネットの住人とは、まるで別の天体に住む人種のような気がする。ここまでの違いがあると、もはや同性として嫉妬をするような気分にもならない。
 その彼は、僕の方が一歳年上だということと、彼に比べて僕の方が多少機械の知識があるということから、いつも敬語を使って立ててくれている。彼の方が、二週間ほど早い入社だから、ほぼ同期とは言えほんのちょっと彼の方が先輩なのである。が、そんな風情は見せない。
「体調、大丈夫ですか? つらいなら、早退した方がいいですよ。あとはおれに任せてくれればいいですから」
 と、今もそう気遣ってくれる。さぞかし、女性に好かれることだろう。
 彼は派遣社員として半分アルバイトのような状態で働いている僕とは違って、まっとうに正規雇用された正社員であった。このように、華のある人物が、どうしてこんなメーカーの下請け修理会社というような地味な場所に就職したのか。もっと適正のある仕事が他に存在するのじゃないかと、どうにも不似合いな気がしていのだけれど、先日それを知る機会があった。
 その日、僕と彼がプリンターの修理のために訪れたのは、芸能事務所である。宇見戸が真赤に紹介しようとしていたような怪しげな零細事務所ではなく、小綺麗なオフィスを構え、エレベーターに乗ると、テレビで見たことのある芸能人と一緒になってしまうような会社であった。
 そこでの作業内容は、新人の僕らにとってはやや難しいもので、二人がかりで相談しながら修理に当たっていると、事務所の職員が、彼にタレントにならないかと声をかけたのである。どうも、冗談ではないらしく、受け流そうとするミタ君に、個人的な質問を繰り返し、そして何度も何度も誘いかける。
 もちろんその職員も、貧乏くさい宇見戸とは違って、小綺麗なスーツなどを着た、見るからに業界人といった印象の人物である。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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