牛込の加寿子荘

牛込の加寿子荘」 第十七回

築40年を超える「加寿子荘」での生活風景。能町みね子の自叙伝風小説! 第十七回は、初めて入る加寿子さんの部屋と、不穏な空気の隣人と。

一つ目の事件はじわりじわりと起こっていた。


うちのお風呂から、下に水漏れしているらしい。直下は加寿子さんのお部屋である。加寿子さんちは毎日びしゃびしゃになってるのだと。
控えめにノックをして加寿子さんが二階奥にやってきて、眉をひそめながらそれを訴えるのだけれど、ところどころに私を責めるような口調も感じられる。
そう言われてもね、私はむちゃくちゃな使い方をしているわけじゃないし、これはさすがに老朽化だと思うんですよ。と思うものの、原因はどうあれ直さないことにはしかたがない。
業者さんがチェックに来るってんで明くる日は早く起きて部屋を片づけていたら、また加寿子さんが二階奥にやってきた。
「あのね、うちの天井見てほしいんです」
加寿子さんの部屋のどのへんから漏れてくるのか、ぜひ確認してほしいのだと。
まさかこんな形で加寿子さんのお部屋に入れるとは思わなかった。一度は見てみたかった、四十年以上加寿子さんが暮らす部屋についに上がれる!
「どうぞ、散らかってるんですけど、うふふ」
階段を下りて、いつも玄関先でお家賃を渡しているその部屋に入ります。加寿子さんの言葉に反し、散らかってる所など一つもなかった。エアコンや冷蔵庫はちゃんと新しく、ここにはまちがいなく平成の、いま生きている暮らしがあります。でも、ともにある年代ものの家具にはあまりにも昭和が宿っている。博物館ではない、息の染みつき。特別なにがいいっていうわけじゃないけれど、部屋の人間味がちがう。長く人にさわられてつやの出た椅子。


 

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