継続する練習」は、思いがけないほど簡単なことでやるべきだ。

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。碇さんも妻も水商売で、年収は低い、社会的信用はない……世に言う「東大生の家」にありそうなものは、何もない。そればかりか、両親に棄てられたという過去もありました。
キャバクラ嬢に配り始めたプリント、「分数の計算」を入れた途端に皆のやる気を削いでしまったそうです。でも中には資格試験に挑戦する女の子も出てきて・・・
『田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。』より、第6回特別掲載です。

女の子は、慎重に解く習慣がない。

 毎週金曜日になると、お店のあちらこちらで、私の用意したプリントに向かうお客さんの姿が見られるようになっていった。お客さんたちも参加するようになったことで、女の子たちのやる気も続き、プリントの内容も少しずつ難しくなっていった。  
 漢字の読みから漢字の書き取りへ。そして、計算問題へ。計算問題は2ケタの足し算と引き算から始めた。2ケタの引き算になると、計算ミスをする女の子たちが増えてきた。算数の学習において、2ケタの引き算が一つの壁であることに気づかされた。  
 と言っても、決して計算ができないわけではない。ゆっくりと『慎重に』計算すれば、間違えることは少ない。慎重に計算する習慣がないのだろう。いわゆるうっかりミスが多い。普段の仕事ぶりに共通する部分でもある。

 採点したプリントを女の子に返しながら、
「どこで間違ったか、わかる? もう一度計算してみな」
「えーっ、もう一回計算するの?」
「そう、もう一回計算してみて」
「えーと、これがこうなって、こうでしょ……。あ、できた」
「ほらね。注意深く計算すれば、間違えないんだよ。落ち着いて計算すればいいんだ」
「うん、わかった」  
 しかし、女の子たちの『わかった』という言葉は、『理解した』という意味ではない。どちらかと言えば、会話を終わりにするための『終わりの言葉』のような意味合いがある。  
 こちらもわかったと言われれば、それ以上のことは言えない。「本当に理解しているのか」と問い詰めたところで、女の子たちの機嫌を損ねるだけで、『続ける』ことが不可能になってしまうかもしれないからだ。

私の欲が、女の子のやる気を奪った。

プリントを配りだして3カ月ほどすぎると、女の子たちに変化が表れ始めた。お店の営業に対して、お客さんをどう楽しませ、また来店してもらうか、どうすればお客さんを楽しませることができるか、女の子たちは以前より考えてくれるようになったのだ。  
 成果が表れ始めたことによって、「もう少し成果を上げたい」という気持ちと、「これぐらいはできてほしい」という、二つの『欲』が私の中で芽生え始めてきた。今思えば、始めたときの『続ける』というシンプルな目的を見失った瞬間だったかもしれない。

 計算問題に『分数の計算』を取り入れてしまったのだ。報道によると、近年は分数の計算をできない大学生も多いらしい。冷静に考えれば、理解できる大学生が少ない問題をお店の女の子たちができるはずもないのだが、このときは分数の計算問題が難しいことを忘れてしまっていた。  
 残念なことに、女の子たちには分母をそろえる通分はもちろん、どちらが大きいかという単純な比較さえ難しいようだった。分数の計算問題のプリントを配ってしまったことによって、女の子たちがプリントを提出することができなくなった。
「どうせ解らないのなら、やりたくない」  
 そんな風に考えたのだろう。  
 私だって、できないことはやりたくない。できないことは楽しいと思えない。楽しく思えないことは『続けられない』。  私は、私のちょっとした欲で、女の子たちの『やる楽しさ』『わかる楽しさ』『続ける楽しさ』を奪い取ってしまった。そのことに気がついた私は、プリントの内容を見直してみたが、ときすでに遅し。一度失ってしまった女の子たちの『楽しさ』を、再び呼び起こすことはできなかった。

続けられた女の子に起きた奇跡。

 女の子たちから楽しさを奪い取ってしまった罪悪感を持ちながらも、それでも私はプリントを配り続けた。プリントを配り始めて以来、毎回プリントを提出してくるM美がいたからだ。M美は、日中仕事を持ち、1週間に2回ある自分の休日の前日に出勤する女の子。いわゆるアルバイトの女の子だった。

 私がプリントを配り始めて半年が経ったころから、M美の様子が変わり始めた。
「マスター、私ね、資格試験を受けようと思うの」  
 お客さんが途切れ、少し手の空いた私に、M美が話しかけてきた。
「え? 資格試験?」
「そう、やりたいと思うことができて、それをやるための資格」
「そう、すごいじゃん。頑張りなよ。その資格試験って難しいの?」
「うん、まあ……。でね、マスター。資格試験に合格してやりたいことができるようになると、今までのようにはお店に出てこれなくなっちゃうんだよ。それでもいい?」
「困るけど、M美ちゃんが挑戦したいことなんでしょ? 仕方ないんじゃないかな」  
 正直なところ、週末に女の子に休まれるのはお店の営業としてはかなり痛い。でも、女の子の将来を考えると、喜ばしいことでもある。
「M美ちゃん、どうしていきなり資格試験を受けるなんて考えだしたの? うちでの仕事ぶりを見ている限り、キャリアアップを目指すような女の子には見えないけど」
「ひどいこと言うね。マスター」
「ごめん、ごめん。だってうちで働きだしたのだって、昼の仕事の休日前の空いた時間に少しだけ働いて、小遣いを稼ごうって感じだったでしょ」
「えっ、マスター、知ってたの?」

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田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。

碇策行

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。 出会った1000人以上のキャバクラ嬢や両親に棄てられた過去を持つ自身の生立ちから、我が子には同じ思いを味あわせたくない一心で...もっと読む

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コメント

min_roo Cakes記事より------ 田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。 3年弱前 replyretweetfavorite

Super_hatty 面白い・・・!分数が出来ないって未知の世界だけど、出来るのも何かの偶然でしかないんだろうねぇ 3年弱前 replyretweetfavorite

hamakihito ”誰もができる簡単なことでもかまわない。『やればできる』の積み重ねが『楽しさ』になり、『続けること』ができる。” 3年弱前 replyretweetfavorite

CRYZOU 「継続は力なり」を経験してもらうためには「継続する練習」から始めないといけない方々もいる。また、長い目で接しなければいけない。勉強になりました→ #スマートニュース 3年弱前 replyretweetfavorite