女の子の話題はパチンコ。
私たちが住む街は、東京からバスで1時間半ほど。東京にそこそこ近いというだけで、博物館も、美術館も、映画館もない。おしゃれなショップもない。最近は、アメリカ発のコーヒーチェーン店ができただけで大騒ぎになった。もしかしたら、子供たちが夢を描きにくい街なのかもしれない。
そんな田舎に住むお店の女の子たちの趣味は、ゴルフかパチンコだ。どちらかと言えば、気軽にできるパチンコが一番人気。それは、お客さんも同じこと。周辺に新しいパチンコ店がオープンすると、お店の売り上げが変わるほど。それほど女の子たちやお客さんにとって身近なパチンコだが、パチンコにのめり込みすぎて、生活がままならなくなった女の子たちを見てきた私は、お店の女の子たちにはパチンコを禁止している。
しかし、お客さんや女の子同士の会話に耳を澄ますと、パチンコの話題ばかり。パチンコをしない私には、さっぱり理解できないテーマだが、「○○万円負けた」とか「○○万円勝った」と聞くと、驚き心配になる。別な趣味にと読書を勧めたら、「本、読んでるよ。(パチンコの)攻略本」と答えられたときには呆れた。
パチンコをするために働いているのか疑うほどだが、考えようによっては、パチンコをしなくなったら働く理由がなくなる。パチンコにのめり込むのも心配だが、働いてもらえなくなるのも困る。給料を手渡すときに「ほどほどに」というのが関の山だ。
キャバクラは優良な就職先。
田舎は人口が少ない。若者の就職先も少ない。これまで役所は、企業誘致など若者の就職先を確保しようと多額の税金を投入しているが、結果はそれほどでもない。特に大学へ進学してしまうと、卒業後の就職先はほとんどない。私の住む地域では、子供を大学へ進学させるということは、子供とはもう一緒に暮らせないということを意味する。だから、高卒で十分という考え方の親も少なくない。
そんな田舎において、キャバクラは優良な就職先ともいえる。キャバクラ嬢は、極端な言い方をすれば、18歳以上の女の子なら誰でも就ける仕事だ。いろいろな事情があって、中学すらまともに通っていなくたって、本人にその気さえあれば働ける。
同じ時間帯を働く、深夜営業のコンビニエンスストアやファミリーレストランでのアルバイトに比べると、給料は断然高い。同世代の男の子より稼ぐ子もいる。
福利厚生が充実した企業に就職することのできないシングルマザーにとっても、夜間子供を預けることさえできれば、格好の就職先だ。大げさに言えば、キャバクラは田舎の女の子たちにとって、セーフティーネットの役割もあるのだろう。
新聞で見た、ある工場のチャレンジ。
「毎週金曜日の給料日にプリントを配ります。提出してくれれば、採点して返します。提出するかしないかは強制しませんので、みなさんの好きなようにしてください」
金曜日のお店の営業が始まり、しばらくしたとき、私は女の子たちにこう言った。
私のお店では、毎週金曜日が女の子たちの給料日。前週の月曜日から土曜日までの出勤時間と指名料を合算して、現金で退勤時に手渡しする。女の子たちにとっては、待ち遠しく嬉しい日でもある。その給料を手渡しする金曜日に私は、女の子たちにプリントを配ることにした。
きっかけは、ある新聞記事だった。その新聞記事によると、その工場では従業員たちに『簡単な計算問題』を解かせることによって、作業効率が上がり、業績も改善したということだった。
私もお店に対して、漠然とした行き詰まり感を持っていたし、そして何よりも、お店の女の子たちの将来に対して大きな不安を持っていた。何かしらの変化を期待して、女の子たちの給料日にプリントを配ることにした。
正直なところ、私のお店で働く女の子たちの半数が中学校すらまともに通っていない。『簡単な計算問題』と言ったって、どれくらいのレベルの計算なら解けるのかがわからなかった。多くの人にとって簡単な計算問題だとしても、女の子たちにとって『難解な問題』になってしまうと意味がない。少しでも難しいと、つまらなくなって続かない。参考にした新聞記事にも、『続けること』が重要だと書いてあった。
そこで私は、計算問題よりは親しみやすいだろうと考えて、まずは、漢字の読みのプリントを用意した。小学3、4年生が習う漢字だった。給料を手渡しながら、女の子にプリントを手渡す。
「約束通り、今週からプリントを配ります。答えを書いて提出してくれれば、ちゃんと採点して返します。提出しなくても、月曜日には答えを壁に貼りますので、自分で採点してください」
「えー、ホントにやるの?」
「マジで~」
「はぁ?」
女の子たちの反応は、想像以上にさまざまで、どちらかと言えばあまりよくはない。しかし、「宿題、宿題」と、楽しそうにする女の子もいた。
私は自分自身を納得させるために、自分にこう言い聞かせた。
「続けることが目的。ここで私がめげるわけにはいかない」
次の日、お店の女の子の3分の1、数人の女の子がプリントを提出してきた。
「こんなの簡単だったよ」
と、言って笑う女の子。
「はい、これ」
と、ぶっきらぼうに手渡してくる女の子。提出の仕方はさまざまだ。
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