笑いのカイブツ

巨大なゴミ箱の片隅で

二十七歳、ハガキ職人も辞め、ほそぼそと笑いの仕事をしながらのバイト暮らし。流れ着いたのは、大阪は難波の道頓堀川沿いにあるクラブのアルバイトでした。心を殺して働きながらも、笑いへの憧憬と葛藤が、ツチヤさんの脳裏によぎるのでした。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

いつもこの街に来る時は、自分自身をゴミ箱の中に、放り込むような感覚だ。
彼女と別れた後、僕はそのゴミ箱の中に転落した。

足元。そこら中に落ちているゴミ。やたらと声をかけてくる客引きとキャッチ。にわかに街を闊歩する爆買い中国人。絶えず薄汚れた道頓堀川。それらをかき分け進む。

今勤めているアルバイト先は、その難波という巨大なゴミ箱のど真ん中にあるクラブだった。

「おはようございます」と僕が挨拶したのは18 歳のギャル男で、このバイト先の先輩だ。
他の先輩にも挨拶をする。
「おはようございます」
あいつも、 18 歳。
「おはようございます」
あの子も、 18 歳。
僕だけが 27 歳だった。

DJ が音楽をかけている。
こぼれた酒でベタついた床がビートで揺れている。
それはまるで、地球の心臓の音のようだ。

ビートで揺れる地面は、僕にあの頃のトラウマを思い出させる。

かつて僕がまだガキだった頃、この街では阪神大震災があった。
この巨大なゴミ箱が、ひっくり返った瞬間。
僕はあの日、この世界が終わったと思った。

楽しそうに踊る先輩達。こいつらは全員 18歳か。
あの恐怖を味わっていないんだな。

インカムを装着して、バケツ片手にフロアーに出る。
酒とタバコと音楽、その3つだけで形成された世界。
灰皿交換とゴミ拾いをしながら、そこをドブネズミのように、はいずり回る。

それが終わると、バケツを洗い、インカムでこう伝える。
「トイレチェック行ってきます」

クラブのホールスタッフは、トイレ清掃を 10分に一度おこなう。
頻繁におこなう理由はおそらく、客がドラッグをやることを、防ぐためだ。

休憩中の居場所は、ホコリまみれの非常階段にしかない。
踊っている人達を尻目に、休憩時間になると、ホコりまみれの非常階段の中に引っ込んだ。

着ていたシャツは、汗だくになっている。
非常階段に座り込み、ノートを開く。そこを漫才で埋め尽くしていく。
僕がこの世界で唯一、踊れる場所は、チラシの裏側か、ノートのページの上だけだ。
あのコンビの漫才を書く仕事だけが、僕とお笑いとの最後の繋がりだった。

「あのオッサン、なんでここに来たんやろな?」
「あいつ、暗すぎやろ?」
「代表はなんで、あんな変な奴、雇ったんやろ?」
インカムから聞こえたのは、自分の陰口だった。

休憩時間が終わりかけている。
扉の向こう側から、ビートの音が漏れている。
ホールへ出て行く。

朝になると、客は一気に消えて、居なくなる。
さっきまであんなに騒がしかったクラブが、図書館のように静まり返った。

そこらから、店の清掃作業が始まる。
その間中ずっと、 18 歳のギャル男の先輩は、他の 2 人の 18 歳の先輩に、自分の話をし始めた。
窓を拭く僕の耳に、ギャル男のイキった話が否応なく聞こえてくる。ギャル男は NSC を出たばかりで、吉本の劇場のオーディションを受けているらしい。

それを聞いて、5年前に吉本の劇場に居た 22 歳の頃の記憶がフラッシュバックした。

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笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

初回を読む
笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

haruukonjk |ツチヤタカユキ ツチヤタカユキの中の才能がいつ爆発するのか楽しみ。その日まで応援しますよ! https://t.co/QaRKpyZAL7 4年弱前 replyretweetfavorite

u5u “笑いの本質とは、人間の道理の〝正しさ〟を、的確かつ盛大に破壊することにある”“〝正しさ〟の筋道が見えない人間が、無闇にボケたところでなんのおもろさもない” 4年弱前 replyretweetfavorite

kielov 元芸人さんが読んだら泣きそうだ。 4年弱前 replyretweetfavorite

oimoyasann |ツチヤタカユキ 毎回ツチヤさんの執念に驚かされます… https://t.co/0qyQr6kabw 4年弱前 replyretweetfavorite