覚醒
結果からいって飯伏幸太は初めてのG1を完走した。しかも、途中で稀代のアーティスト肌のレスラーである、中邑真輔によって覚醒させられるというおまけつきで。公式戦4戦目の大阪で対戦した中邑は飯伏の中にある何かを呼び起こすかのように挑発し、執拗に彼をコントロールし続けていた。コーナーに追い詰め、茶化すかのように飯伏の頭を何度も蹴った時、飯伏幸太のいう「覚醒」がやってきた。
ぬるりと立ち上がった飯伏の背中と目に、狂気が宿っていた。それは誰の目にも明らかだった。レフェリーの制止も振り払って中邑を殴り、蹴り、ぼこぼこと空き缶を潰すように踏みつけた。試合は冷静にその飯伏の狂気を見切った中邑の勝利に終わったけれど、見ている誰もが総毛立ち、新しい血が全身を駆け巡るかのようなこの試合は、後に2013年度の東スポプロレス大賞の年間最優秀試合にも選ばれている。
そしてG1クライマックスが終わった後に、思ってもみなかった展開が飯伏幸太の元にやってきた。DDTと、新日本プロレスの、2団体所属という業界初の試みである。もっとたくさんの人にプロレスを見てほしい、プロレスを広めるためにもっと自分を使い倒してほしいと思っていた飯伏にとっては、これは大きなチャンスとなった。2団体所属になってしばらく経った頃に「しんどいですか?」と尋ねてみたら「いやあしんどいですね。心も身体も思った以上にしんどいです」と返ってきたので心配したが、大きな収穫が飯伏にはあった。それは、新日本プロレスのレスラーの心構えや立ち振る舞いに、身近に触れたことである。
元々尊敬していた、という棚橋弘至の、地方でも全力で試合をし、ファンを楽しませ、オフには全国をプロモーションで飛び回り、なおかつトレーニングを怠らない姿勢を見て飯伏は心底感嘆した。「神です。棚橋さんは僕にとって神です」と飯伏は言い切る。また、これまでどんなレジェンド級の選手と対戦しても気圧されなかった飯伏が、若くして新日本のトップに君臨するオカダ・カズチカと対戦した時にも圧倒的にかなわないものを感じた。
「あれは全体的に惨敗でした。入場から惨敗で、オカダ選手にはオーラがありましたね。これまで負けを感じることがあまりなかったんですが、その放っているものがもう戦う前から負けていました。対峙してますますダメだなと。でもその差を明確に感じられて良かったと思います」
DDTでは人気、実力共に頂点に達した飯伏幸太だったが、新日本プロレスで棚橋やオカダ、中邑らトップレスラーと接することにより、自分にはまだ伸びしろがあると感じることができた。慣れ親しんだDDTと違う緊張感はあれど、「棚橋さんや中邑さんの位置まで行けるんじゃないかという確信も自分の中であります。いやこれはもうかなり、いいことです」と飯伏はそのやりがいに目を輝かせていた。飯伏に目標があって良かった。私もそう感じていた。