僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕の部屋
ユーリ「いやー、こないだの話はおもしろかったよね」
僕「こないだの話って?」
ユーリ「ほらほら《三角形の整数》って作ったじゃん(第154回参照)。《ぐるぐるワン》の時計で足し算引き算」
僕「ああ、あの話か。そうだね。何だか小さな数の世界を作っているみたいで、確かに楽しいね」
- $\TR0$は《$3$で割って余りが$0$》の整数全体の集合
- $\TR1$は《$3$で割って余りが$1$》の整数全体の集合
- $\TR2$は《$3$で割って余りが$2$》の整数全体の集合
ユーリ「パターンも$9$通りしかないからめんどくさくないし」
$$ \begin{align*} \TR0 + \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 + \TR1 &= \TR1 \\ \TR0 + \TR2 &= \TR2 \\ \TR1 + \TR0 &= \TR1 \\ \TR1 + \TR1 &= \TR2 \\ \TR1 + \TR2 &= \TR0 \\ \TR2 + \TR0 &= \TR2 \\ \TR2 + \TR1 &= \TR0 \\ \TR2 + \TR2 &= \TR1 \\ \end{align*} $$
僕「そうだね。足し算の表もすぐできる」
ユーリ「足し算の表?」
僕「うん、《三角形の整数》っていうのは、要するに整数を$3$で割った余りだけを考えるわけだから、 出てくる数は$\TR0,\TR1,\TR2$の$3$個しかない。 だからこんな表が作れる」
ユーリ「そーだけど、それって、式を並べたのと同じことじゃん?」
僕「同じだけど、この足し算の表を見ていると、アイディアが湧いてこない?」
ユーリ「アイディア……別に」
僕「掛け算の表も作りたくならない? 計算自体はすぐできるよね」
$$ \begin{align*} \TR0 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR1 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR2 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR1 &= \TR1 \\ \TR1 \times \TR2 &= \cdots \\ \TR2 \times \TR0 &= \\ \TR2 \times \TR1 &= \\ \TR2 \times \TR2 &= \\ \end{align*} $$
ユーリ「ちょっ、ちょっと待ってよー。そんなにさっさか進まないでよ。掛け算の結果を$3$で割ればいーんでしょ?」
僕「そうだね。$3$で割った余りを考える。次の$\TR2 \times \TR0$は……」
ユーリ「だから待ってって! えーと、$\TR2 \times \TR0$っていうのは、$2 \times 0$を計算して、その結果の$0$を$3$で割った余り……って$0$だね」
$$ \TR2 \times \TR0 = \TR0 $$僕「うん、それでいいよ」
ユーリ「それから、$\TR2 \times \TR1$は……まず、$2 \times 1 = 2$を計算して、$2$を$3$で割った余り……これは$2$になる。 最後の$\TR2 \times \TR2$は、$2\times 2 = 4$だから、$3$で割った余りは$1$になって、これで全部」
$$ \begin{align*} \TR2 \times \TR1 &= \TR2 && \text{$2\times1$を$3$で割った余りは$2$} \\ \TR2 \times \TR2 &= \TR1 && \text{$2\times2$を$3$で割った余りは$1$} \\ \end{align*} $$僕「これで、$9$パターンができた」
$$ \begin{align*} \TR0 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR1 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR2 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR1 &= \TR1 \\ \TR1 \times \TR2 &= \TR2 \\ \TR2 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR2 \times \TR1 &= \TR2 \\ \TR2 \times \TR2 &= \TR1 \\ \end{align*} $$
ユーリ「そんで、これを表にする?」
僕「そうだね。これが《三角形の整数》の世界での九九になるわけだ」
ユーリ「暗記が楽でいいにゃ……ところでお兄ちゃん。ほんとにこれでいーの?」
僕「いいよ。いまユーリが計算したじゃないか」
ユーリ「でも《三角形の整数》はたくさんの数の集合でできてた」
僕「いまさらの話だけど、それがどうしたの?」
ユーリ「ユーリが計算したのは、このうち$0,1,2$って数だけじゃん? それで試しただけで、いーの?」
僕「うん、いいんだよ。ユーリが気にしているのは、たとえば、$\TR2 \times \TR1$の結果を調べるのに、$2 \times 1$だけで考えていいのか、ってことだよね。 足し算のときも試したけれど(第154回参照)、 それでうまくいくんだ。というか、うまくいくように《三角形の整数》を作ったわけだけど」
$$ \begin{array}{ccccccccccccc} \underbrace{2}_{\in\TR2} &\times& \underbrace{1}_{\in\TR1} &=& \underbrace{3\times0 + 2}_{\in\TR2} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ \TR2 &\times& \TR1 &=& \TR2 \\ \end{array} $$ユーリ「へー」
僕「たとえば、別の数で試してもいいよ。$2 \times 1$じゃなくて、$\TR2$から$5$を選んで、$\TR1$から$4$を選んでみようか。そうすると、$5 \times 4 = 20$で、$3$で割った余りはやっぱり$2$になる」
$$ \begin{array}{ccccccccccccc} \underbrace{5}_{\in\TR2} &\times& \underbrace{4}_{\in\TR1} &=& \underbrace{3\times6 + 2}_{\in\TR2} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ \TR2 &\times& \TR1 &=& \TR2 \\ \end{array} $$ユーリ「おー。確かに、$20$は$\TR2$の要素になってる……うまく行くもんだねー」
僕「ここでやっぱり数式を使いたくなるなあ」
ユーリ「数式を使うって、どゆこと? いままでも数式使ってきたじゃん」
僕「いまユーリは、ほんとにうまくいくの? って気にしたよね。納得するために別の数で試したけど、無数の数すべてで試したわけじゃない。 だから、数式を使って《どんな場合でもうまくいく》ことを確かめたい。つまり、証明だよ」
ユーリ「証明……証明はいいんだけど、《うまくいく》ことの証明?」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)