この冷静な自虐に、私たちは抗体がない
たとえ未読の人であっても、川端康成『雪国』の書き出しが「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」であることを知っている。魅力的な書き出しは読み手を引き付ける。ならば、ここ数年の読書で最も引き付けられた書き出しは何だったか。元バレーボール選手・大林素子の著書『チャンスの法則』である。書き出しはこうだ。「あなたは生まれ変われるとしたら大林素子になりたいですか?」。書店店頭で開いて、思わずのけぞった。「もし生まれ変われるとしたら◯◯?」は、「もし生まれ変われるとしたら男と女、どっちがいい?」程度の設問として少々の賑わいを起こしてきたが、こんなにも動揺させられる別バージョンが存在するとは思いもよらなかった。
大林は、私たちがその問いにどう答えるかまで予測してくる。「なりたい!」「なりたくない!」のいずれか、などというヌルい2択ではない。彼女の予測は、「『一日だけ大きくなってみたい』という意見はわりと多いかもしれませんが、『一生ですよ』と言ったら、『大林素子なら、今の私でいいや』となるでしょう」である。そもそも想定していなかった問いに勝手に答えられても困るはずなのだが、「ええ、その通りです」と答えたくなる精度と強度がある。バラエティ番組に溢れる「自虐」って、実際のところは話者の個性を際立たせようとする熱量を帯びているから受け止めるのが容易なのだが、この冷静な自虐に、私たちは抗体がない。
蜷川幸雄に直談判した大林素子
なんだか半年に1回くらいは「重要な大会」と銘打つ大会が開かれている気がするバレーボールだが、さすがに重要な大会に違いないリオ五輪最終予選が始まった。コートサイドリポーターとして毎晩のように大林素子を見かけるが、本コラムではほとんどバレー方面からは考察しない。なぜって、大林素子は、エトセトラのほうに議論すべき題材が列を成しているからだ。
演出家・蜷川幸雄が亡くなってしまったが、若手から大御所まで集う通夜の様子からは、幅広い世代に信奉されていたことが改めて伝わってきた。で、実は、大林素子も蜷川に心酔していた一人だった。引退したスポーツ選手がちょっとした出来心で演技の道に踏み出したわけではない。子どもの頃から役者になりたかった大林は、機会を見つけては蜷川に手紙を渡し、舞台稽古の見学に出かけるなどしていた。あるタイミングでようやく蜷川から「大林さんがそこまでやりたいとは思わなかったよ」と言われ、その結果、3作もの蜷川作品に出演している。蜷川は、大林に「ぼくはきみの存在感で出てもらっているんだよ。だったら、日本一グロテスクな女優になればいい」と伝えたという。
常に「死」を考えている私
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