借金まみれで苦しいとき、息子が突然言い出したこと。

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。碇さんも妻も水商売で、年収は低い、社会的信用はない……世に言う「東大生の家」にありそうなものは、何もない。そればかりか、両親に棄てられたという過去もありました。
借金まみれになり、一番苦しかったころ、息子さんが中学受験をしたいと言い出しました。正直、やめてほしいと思ったけれど、息子さんの意志は固いものでした。
『田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。』より、第3回特別掲載です。

妻にお願いした、たった1つのこと。

 小学生のころ、母の笑顔が好きだった。しかし、次第に笑顔が少なくなった母は、私たちの前から姿を消した。そんな経験から、息子たちが笑顔でいるために、私自身が笑顔でいられるように、妻が笑顔でいられるように、生活することを心掛けた。いつも笑顔でいれば他人に好かれることが多く、私がいなくなっても息子たちは生きていけるとも思った。

 親子で笑顔でいるために、妻には「はやく」と言わないようお願いした。せっかちだった母に「はやく」と言われながら育った私は、「はやくしなければならない」と子供ながらに焦り、結果的にうまくいかないことが少なくなかった。自信を持つことができず、自分が嫌になった。そんな思いを息子には味わわせたくない。そう思ったからだ。

 でも、幼い子供がすることを「はやく」と言わないことは難しい。親がやってやれば数秒で終わることでも、子供にやらせると数分かかることがある。だからといって親がやってしまっては、親がいなくなったら生きてはいけない。失敗することがわかっていても、とりあえずは最後までやらせる。それがわが家の子育ての方針になっていった。


息子に教えてやるべきこと。

 息子たちが成長するにつれ、生きていくうえで身につけてほしいことが増えてくる。しかし、多くのことを教えることは、お店の女の子たちと接していて難しいと実感している。場合によっては、お互いが笑顔ではいられなくなる。まずはこうしてほしいということを、私自身がやって見せた。やって見せれば、言葉で説明する必要はない。
 かつて、「大人は言っていることとやっていることが違う」と不満に感じていた私は、あえて『言わない』ことを選んだ。

 笑顔でいれば、困ったときには誰かが手を差し伸べてくれる。息子たちの周りに「手を差し伸べてくれる人」がいれば、私がいなくなっても息子たちは生きていける。
 お店の女の子たちと接している中で、最も重要だと感じたのが『あいさつ』だった。「おはようございます」や「お疲れさまでした」は、ほとんどの女の子が言えるが、なぜか『ありがとう』と言える女の子は少ない。
 「ありがとう」は他人を笑顔にさせ、人を味方につける不思議な力がある。息子たちが「ありがとう」と言えるように、息子たちの前では「ありがとう」を意識的に言うように心掛けた。もちろん、妻との間でも「ありがとう」は欠かさなかった。

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田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。

碇策行

田舎のキャバクラの店長である碇策行さんが、どのように息子さんの東大現役合格を果たすまでの子育てをしたのか。 出会った1000人以上のキャバクラ嬢や両親に棄てられた過去を持つ自身の生立ちから、我が子には同じ思いを味あわせたくない一心で...もっと読む

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コメント

igu3 面白い。 2年以上前 replyretweetfavorite

Singulith >「おはようございます」や「お疲れさまでした」は、ほとんどの女の子が言えるが、なぜか『ありがとう』と言える女の子は少ない」  https://t.co/2eZWFU9bPa 2年以上前 replyretweetfavorite

bionic_giko 親になるって簡単なようで簡単でなくて、妊活どうこうしてる間にこういう心構えってあるんかなぁ… 2年以上前 replyretweetfavorite

moe_sugano このシリーズほんとにこころに刺さるなぁ、、、→ 2年以上前 replyretweetfavorite