親から受け取った「何か」を描くため、徹底的に小さなものを【前編】

“なりたかった大人”になれなかった大人たちへ ーー是枝裕和さんの最新作『海よりもまだ深く』(5月21日公開)は、理想とちがう今を生きる家族の物語です。今回、是枝さんと団地映画にくわしい速水健朗さんが、本作品の見どころについて語り合いました。本作のスタート地点である是枝さん自身の「家族の物語」とは? 観る前に読んでも、観た後に読んでも、より作品を楽しめる対談、連日公開です!

主人公のダメさに笑えて泣ける

速水健朗(以下、速水) 『海よりもまだ深く』、観ました。僕は映画を観ているあいだずっと笑っているような状態が続きました。

是枝裕和(以下、是枝) そうでしたか。ありがとうございます。

速水 今回の映画は阿部寛さん演じる主人公の父親の死、奥さんとの離婚など家族の別離が中心に描かれていますよね。そんな重い話にもかかわらず、今までの是枝作品になく笑える映画になっているなと。もしかしてコメディ的に撮るという意識がありましたか?


©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

是枝 それがコメディは全然意識してないんです。コメディ映画を作れるとか作ろうとか思ったことは今まで一度もないですね。だけど初号試写会でスタッフが笑っていたので、「あ、これだけ笑ってくれるということはうまくいったかな」って気はしていました(笑)。

速水 笑いが起きた部分は是枝さんの狙い通りでしたか?

是枝 うん、そうですね。阿部寛さんが演じる主人公のダメさ加減に「あたたたた」っていう失笑を起こすことも含めて、狙いです。でも「自分のなかにもこの主人公のようなダメさはあるな」と思いながら撮りました。

速水 僕が一番おもしろいと思ったのは、息子の野球の試合をこっそり見ているシーンです。
 ギャンブル好きの主人公なのに、息子が見逃し三振をしてしまったあとに、「(息子は)フォアボールを狙ってたんだよ」って言うんですよね。主人公(阿部寛)がすごい人間的に小さい男だと見事にわかるシーンで。

是枝 そうですよね。なんで彼は「ホームラン狙っていけ!」って言わないんだろうね(笑)。
 まぁ、あそこで「ホ―ムラン狙っていけ!」って言えちゃう人だったら、別れた奥さんのことにも拘泥しないと思うんです。


©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

速水 たしかにその通りですね(笑)。「ダメだな、この男」って感じの失笑が積み重なっていきます。
 でも映画が進むにつれて、どんどんその笑いに泣きが加わってくるんですよね。主人公のキャラクターに没入しちゃって、最後はやることなすことに泣けてきちゃうんですよ。

是枝 あら、本当ですか。

速水 はい。是枝さんの作品は、「笑いの方程式」や「泣かせる方程式」みたいな、あざとい手法ってほとんど使わないで物語を作っていますよね。ディテールで主人公が惨めな男だと伝わってきます。ここまでキャラクターを極端に描くことって今までありましたか?

是枝 キャラクターの描き方は、そんなに今までの作品と変えてないんですけどね。でも何か事件が起きる物語ではないから、この男がどう振る舞うかってことを想像してひとつひとつ重ねていくことで、結果的に登場人物のキャラクターを見せていくようにしました。

複雑な自己投影が世界観を生み出した

速水 さきほど主人公のダメさ加減にご自身を投影されているとおっしゃってましたよね。この作品は特にそうなんでしょうか?

是枝 そうですねえ。でも、『そして父になる』の福山雅治さんにだって僕自身を重ねてるんです。おこがましくも(笑)。  
 ただ、この映画でいえば、子供時代の僕を主人公の息子に重ねていたり、主人公には僕だけでなく、僕の父親のダメなところも重ねていたり、単純ではないさまざまな投影をしてるんですよね。

速水 ええ。

是枝 だから自分の観てきた風景なり、人物の卑小さなりがかなり色濃く映画全体を埋め尽くしている感じはあります。

速水 是枝さんのお父さんはどんな方だったんですか?

是枝 ふふふ(笑)。「家族の思い出はあんただけのものじゃないからね」って姉に言われてますのであまり具体的なことは……。

速水 映画の中でもそのセリフを聞いたような……(笑)。でも作品内と同じようなことが是枝さんの親子でも起きていたんですか?

是枝 そのままではないですけどね。うちの父親は僕の作品や活動について一切何も言わない人だったんです。だけど父親が亡くなったあと、密かに父が僕の作品や活動をうれしく思ってくれていたことが判明する出来事がありました。

速水 そのエピソードもストーリーに反映していますよね。
 監督に直接意図をお伺いするのも良くないのかもしれませんが、親から子へ些細なモノの“贈与”が映画内で描かれているのも印象的でした。僕はそこで暗示的に、モノだけではなく大きな何かを親から子へ継承しているように感じました。

是枝 そうですね。『海よりもまだ深く』は全体として、父親から何を受け取っているのか、主人公がちょっと向き合う話です。もちろん自由に見ていただいていいんですけど。その父親から受け取った「何か」を描くために、目に見えて渡されるモノは徹底的に小さくしようと思いましたね。

速水 その哲学がやっぱり映画全体を通してありますよね。だから是枝さんは登場人物たちにすごい良いことを、良いセリフで言わせないじゃないですか。あの家族は「あれ」っていう指示語を多用して話す(笑)。僕はそこに大きい物語を作りながらも、チラチラとしか映画内で見せない、是枝さんの照れみたいなものを感じました。

是枝 そうですか(笑)。たしかに登場人物は一番良いことを言ったあとに、はぐらかしたりしますからね。

樹木希林=こんなはずじゃなかった団地?

速水 『海よりもまだ深く』の大きなキーワードとして「こんなはずじゃなかった」という言葉がありますよね。主人公にも、彼の家族にも当てはまる言葉です。
 舞台となる団地もまさに「こんなはずじゃなかった」という存在ですよね。元々は国の政策方針として、狭いけど安く手に入る、一戸建ての家を買うまでのつなぎの仮住まいとして建てられたわけじゃないですか。

是枝 そうですね。元々はみんな中年を過ぎたら団地をでていくつもりだったと思います。僕の家族もそういうつもりで、団地に入りました。

速水 それが住人たちはいつまでも団地から出られず、そのまま団地内で歳を取り、亡くなっていく。『海よりもまだ深く』では、そんな人生を送る最初の世代が描かれていますよね。
 僕は団地団というユニットを結成していて、団地映画をよく見ています。団地を舞台にした映画ってたくさんあるんですが、団地のなかで亡くなっていく世代を描いているのはこの映画が初めてだと思います。今回の映画を撮るきっかけって何だったんですか?
※団地団:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦、山内マリコ、稲田豊史による団地好きユニット。書籍『団地団 ~ベランダから見渡す映画論~』を発刊している。

是枝 それはね、僕が母親を看取れなかったからです。母親を団地の一室で一人暮らしさせてしまい、そのまま一人で亡くなったんです。そのことに対する僕の個人的な後悔から今回の映画はスタートしているんですよ。

速水 でも映画内では最終的に団地の存在を肯定しているようにもとれますよね? 「こんなはずじゃなかった」というネガティヴなキーワードも映画では最終的に肯定的な意味合いを持ってくるな、と思いました。

是枝 それはね、うん。なんでしょうね。好きだからかもしれないですね。

速水 団地が、ですか?

是枝 団地が(笑)。嫌いになりきれないところがある。

速水 昔は嫌いでした?

是枝 ああ……。好き嫌いで表せない、いろんな感情が入り混じってるんですよね。団地という存在がただ人が死んでいく場所だ、っていう突き放し方ができてはいないし。だからといって、団地がリノベーションされて若い人の住居として生まれ変わる!という前向きな見方もできないですし。

速水 僕ら団地団も団地をリノベーションして、そこに若い人が住めばいいっていう考え方は嫌いなんですよね(笑)。最近は現実に団地をリノベーションする流れがきていますが。

是枝 そうですね。ただ、僕が団地を好き嫌いで判断できないのは、樹木希林さん演じる主人公の母親と団地という存在を重ねて見ているからかもしれません。
 彼女は自分が団地のなかで1人で死んでいく現実を明確に認識しています。でも別離した息子家族が元に戻って、自分も幸せな晩年を迎えられる希望も捨てることができない。その自己矛盾を抱えた姿が、今の団地の有り様と重なるんですよ。

速水 映画のなかで母親(樹木希林)が息子(阿部寛)になにか欲しい物はあるかと聞かれて、「3LDK買って」と言いますよね。マイホームではなく、あえて団地内での新居をねだっている。

是枝 母親はもう無理だとわかっていながら、そう言っていますよね。
 同じように僕も団地に明るい未来を見ることはできません。でもやっぱり自分が育った団地という場所を嫌いになりきれないんです。


次回「団地のせせこましさの先にある非日常へ」は、5/21更新予定

構成:斎藤克成 撮影:豆健太郎


2016年5月21日(土)丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他 全国ロードショー


映画『海よりもまだ深く』

監督・脚本:是枝裕和 主題歌・音楽:ハナレグミ(永積崇) 撮影:山崎裕 配給:ギャガ
出演:阿部寛/真木よう子/樹木希林/池松壮亮/リリー・フランキー/小林聡美/他

この連載について

こんなはずじゃなかった大人たちへ—是枝裕和×速水健朗

是枝裕和 /速水健朗

“なりたかった大人”になれなかった大人たちへーー5月21日公開の是枝裕和さんの最新作『海よりもまだ深く』は団地を舞台に、理想とちがう今を生きる家族が描かれる物語です。今回、是枝さんと団地映画にくわしい速水健朗さんが、本作品の見どころや...もっと読む

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コメント

imagawaikuo 観終わって読み返したらジワジワ来る。オレの人生もフォアボールを狙って出塁してきただけなのかな▼ 4年以上前 replyretweetfavorite

gotanda6 昨日は劇場でのトークでご一緒しました(団地団と一緒にご飯も!)が、最新作『海よりもまだ深く』で是枝裕和監督へのインタビューしています。実際の僕は、かなり前のめりでした https://t.co/HAs66m1dzE https://t.co/sX9Lcco5OR 4年以上前 replyretweetfavorite

pie_no 今無料だって! 4年以上前 replyretweetfavorite

motoji_etoile 「元々はみんな中年を過ぎたら団地をでていくつもりだった」「それが住人たちはいつまでも団地から出られず、そのまま団地内で歳を取り、亡くなっていく。『海よりもまだ深く』では、そんな人生を送る最初の世代が描かれ」。>是枝裕和 速水健朗 https://t.co/SFMezwfOwo 4年以上前 replyretweetfavorite