仕事の質に深く関わっていたのは、「感情」だった

予防医学研究者であり、論文を読むのが趣味という石川善樹さんは、cakesを運営するピースオブケイクに遊びにくると、最新科学のさまざまなトピックについて熱く語ってくれます。その話があまりにもおもしろいので、いっそのこと連載にしようということで始まったこの企画。
シリーズ第1弾は、「感情をどうコントロールするか」についてのお話です。じつはこの「感情」は、仕事の生産性やアウトプットの質に深く関わっていたのです。緊張状態を解きほぐす「3・2・5法」とは? 仕事の休憩が終わっていきなりデスクに座ってはいけない? 明日から実践したくなる、集中力アップの方法をお教えします。(聞き手:加藤貞顕)

アメリカの要人がこぞって学びたがる「感情のコントロール」

— よしきさん、今日は弊社の社員に、感情のコントロールのしかたを話していただくということで、どうもありがとうございます。

石川善樹(以下、石川) こちらこそ、お願いします。今回のお話は、加藤さんから「仕事のなかで、不安とか心配事にどう対処すればいいのでしょうか?」と聞かれたことに端を発しています。

— あの、人はなにか不安なことがあると、いつもよりちょっと頭が悪くなると思うんですよ。自分もそうだし、周りを見ていても思うことなんですが。でも仕事も、日常生活も、そういうことってたくさんありますよね。それで、いろんな科学分野のことにくわしいよしきさんに、なにか対処法があれば教えてほしいと思って相談しました。

石川 これ、加藤さんだけでなく他の会社の方からも聞かれることがあるんです。たとえば、ソーシャルゲームの会社。ソーシャルゲームは、ユーザーの反応がダイレクトに返ってきます。反応が良ければ喜んで、悪かったら不安になって……と、いちいち翻弄されていると、仕事の効率が落ちてしまう。こういう環境で意外と活躍できるのが、体育会系の人です。なぜかというと、試合で緊張したり、勝って喜んだり、負けて悔しかったりといった感情が揺さぶられる状況をたくさん経験しているからです。

— なるほど。体育会系が採用で優遇されたりするのは、そういう理由もあるのかもしれませんね。

石川 「感情をどうコントロールするか」という研究は、長いこと心理学の領域でやられてきました。でもそれはあくまで理論を組み立てることが目的で、実践的ではなかったんです。実践的に感情をうまく扱ってパフォーマンスをあげようという研究を最初にしたのは、旧ソ連。そこで1950年代に、スポーツサイエンスという分野が生まれます。それまではとにかくハードに練習してたくさん競争すれば、スキルも上がるしメンタルも鍛えられる、と考えられていました。しかし、そうすると燃え尽きてしまって、勝てなくなる人、ケガする人もたくさん出てきた。そこから、単なるハードワークではないメンタルの鍛え方を研究するようになったんです。
 そして、その研究はアメリカにわたって、さらに発展していきました。僕は先日、フロリダの「ヒューマン・パフォーマンス・インスティテュート」というメンタルトレーニングの施設を訪問してきました。ここには、トップアスリートや企業のエグゼグティブ、軍関係者、FBIなどたくさんの人が感情のコントロールを学びに来ます。そのトレーニングは、本来1人60万円くらいするんですけど、今日はその話をタダで皆さんにお伝えしましょう(笑)。

— それはすごい(笑)。ありがとうございます。

五郎丸選手はキックの前に、なぜ忍者のようなポーズをとるのか

石川 まずは、加藤さんの相談にもあった「不安」について。よく「最悪を考えておいたほうが、冷静に対処できる」と言いますよね。でも、それは真っ赤なウソです。悪いことというのは、考えれば考えるほど、そこに注意が向いてしまう。そしてさらに不安を増幅させる。ただ、英語では、“Plan for the worst, wish for the best.”という言葉があります。日本語に訳すと「ベストの状態を願いながら、最悪を想定して計画せよ」となりますが、これはいいんです。

— なるほど、ポジティブ感情を持ちながら、不安を持つのはいいんですね。

石川 その通りです。要するに、不安だけをふくらませるのは、まずいということです。ここでもう一人、僕と一緒に仕事をしていて、感情に詳しい西本真寛さんに登場してもらいます。西本さん、不安のデメリットというのは、どういうことがあるんですか?

西本真寛(以下、西本) 不安のデメリットに、「注意の持続」「注意の転換」「注意の分割」の3つがしにくくなる、ということがあります。みなさんも経験があると思いますが、不安なことがあると、まず、「注意の持続」ができなくなります。目の前の作業に取り組もうとしても、不安になっていることばかり気になって、作業が続けられないんですね。次に、「注意の転換」もできなくなります。心配事を考え始めると、そこから気持ちを切り替えられなくなるわけです。そして「注意の分割」もだめになります。不安なことを考えていると、それが自分のすべてだと思い込んでしまって、他の可能性に目を向けられなくなるんですね。

石川 「不安」というネガティブ感情は、とても強いんですよ。組織に、ネガティブな人が1人でもいると、それを補うために9人のハッピーな人が必要だという研究結果があるくらいです(笑)。でも、だからといって不安を完全になくそうとするのもおかしい。つまり、うまく付き合っていくことが大事なんです。それを意識的にやっているのが、テニスプレイヤーです。テニスというスポーツは、一試合の中に実際にプレーしている時間は、35%しかありません。

— 半分以上は別のことをしていると。たしかに、言われればそうかも。定位置まで歩いて戻ったり、その間にラケットのガットを直したりとか、してますね。

石川 そう。残りの65%は、次のプレーのための準備の時間なんです。だから、次のプレーに向けて、いかに切り替えられるかというところが、一流とそうでない人を分けるポイントになります。
 例えば、ロジャー・フェデラーは、16秒回復という方法を使っています。この方法を見出したのが、ジム・レーヤーという、先ほどお話したヒューマン・パフォーマンス・インスティテュートを設立した人です。彼は、テニスプレイヤーのコーチをしていました。そのときに、トッププレイヤーとそうでない人は何が違うのか調べたんです。双子のプレイヤーで、兄は世界のトップ20に入っているのに、弟はトップ100に入っていないという二人を観察しました。身体能力や練習内容は一緒なのに、何が違うのだろう。その結果、兄はプレーとプレーの合間のメンタルのリカバリーの仕方が優れている、ということを発見したんです。それはテニスプレイヤーにとって、試合結果を大きく左右する要素でした。彼はそのアイデアを進化させて、ストレス&リカバリーというコンセプトに昇華させました。
 ストレス&リカバリーには4つのステップがあります。

1.ポジティブな動きを思い出す
2.(肉体・感情の)リラックス
3.(これから起こることを)メンタル・リハーサルする
4.動作に入る前のルーティーン

スポーツの場合、プレーで点を取ったり取られたりしたら、次のプレーに入る前に、いったんそれを忘れるようにします。そして、自分のポジティブな動きをイメージする。次に、リラックスをします。それには、いろいろな方法があるんですけど、ここでは3・2・5法というのを紹介しましょう。姿勢を正して、3秒息を吸って、2秒止めて、5秒吐く。途中で2秒止めることによって、吸った酸素と二酸化炭素の交換が効率よくできると言われています。ちょっとやってみてください。

— あ、ちょっと心が落ち着くような気がしますね。

石川 感覚が鋭い人なら、鼻から吸った息と出て行く息で、温度が違うことに気づいたかもしれません。慣れてくると、そういった温度や、肺の膨らみ方などさまざまな細かいところに気づけるようになります。
 リラックスしたあとは、これから起こることを頭のなかでリハーサルします。そして最後に、ルーティーン(あらかじめ決めておいた一連の動作)をやります。少し前にラグビーの五郎丸歩選手の、キックをする前にとるポーズが話題になりましたよね。あのポーズは、ひとつのルーティーンです。フェデラーは、プレーが終わったら後ろを向いて端っこまで歩きます。その間にラケットのガットをカチカチいじる。

— あ、あれはガットを調整しているんじゃないんですね。ルーティーンなんだ。

石川 そして、またクルッと振り返ってベースラインに戻って準備をする。この流れを彼はルーティーンにしているんですね。ルーティーンというのは、もともとテニスの世界から始まったんです。そこから、他のスポーツにも広まっていきました。

集中力が切れたときに、やるべき動作を決めておく

石川 これはバスケット、サッカー、野球、なんでも当てはまるんです。あまり知られていませんが、実はイチロー選手、守備のときにやっているルーティーンがあります。彼は守備のときによく右後ろを見ています。球場ごとに彼は見るポイントを決めていて、ぱっとそこを見て、一連の決まった動きをして、自分をリラックスさせている。これも、ストレス&リカバリーの一種のやりかたです。

— ストレスを受けたときに、どうリカバリーするか。これは仕事にも必要な考え方ですよね。

石川 我々もテニスプレイヤーと同じで、1日の中で本当に仕事をしている時間って、じつは短いと思うんですよ。ほとんどの時間は、仕事をするための準備をしている。だから、その間に何をするのかが、生産性を上げるために重要になってきます。自分はどういうときに、調子よく仕事ができるのか。ミーティングでイライラしてしまったときは、生産性が高い時のミーティングを思い出して、姿勢を正し、リラックスする。こういうルーティーンを意識するようになると、パソコンの前に座る時も、うかつに座らなくなります。みなさん、なんとなく座って、集中できなくて、SNSとか見ちゃいますよね?

— Facebookとか見てしまいますね(笑)。そしていつの間にか時間が経っている……。

石川 そうならないために、たとえば席につくときでも、なんとなく椅子に座るのではなく、集中した状態に入るためのルーティーンを決めておくんです。また、集中が切れたときに、どうリカバリーするかも決めておくといいでしょう。例えば、1回立ち上がる。人は、10秒歩くだけで脳がすごく活性化します。10秒で酸素濃度と血流ががーっと上がる。そこから20秒でわーっと下がり、また3分かけて上がっていくんです。だから、4〜5分かけてその変化を感じて、自分が集中できている状態をイメージして、リラックスして、これから何をするのか頭のなかでリハーサルして、なにか決まった動きをしてから、席につく。そうすれば、また集中力が戻ってくるはずです。


次回「幸せな時に、大事な決断をしてはいけない?」5/23公開予定

構成:崎谷実穂

この連載について

それ、科学的に教えてもらえませんか?

石川善樹

予防医学研究者であり、論文を読むのが趣味という石川善樹さんは、cakesを運営するピースオブケイクに遊びにくると、最新科学のさまざまなトピックについて熱く語ってくれます。その話があまりにも面白いので、いっそのこと連載にしようということ...もっと読む

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コメント

gt77ak7 仕事でもスポーツでも、ルーチンワークは大事。 10ヶ月前 replyretweetfavorite

ocaokgbu キーボードに触るまでのルーチン。。。 HoloLensを被ったら、仕事をするのはテニスのプレーのようになるかもしれないな。 https://t.co/5sSiaP4JfB 10ヶ月前 replyretweetfavorite

chocomo_sakura  え、テニスのあれが源流なのか?(というか、他のスポーツでもやるのが当たり前だと思ってた(イチローとかやってたし)) 11ヶ月前 replyretweetfavorite

cuchi198 #control #work #emotion https://t.co/JJ7RAJ3KRL 12ヶ月前 replyretweetfavorite