サトルが5つの対話を書くにあたって調べた「創作メモ」より
5つの対話を書くにあたって、ぼくはソクラテスという人物について、あらためて調べてみた。そこには、ぼくが一緒にすごしたソクラテスと重なる部分と、そうでない部分があった。
とくに、死に至るまでのエピソードには、あの無邪気に笑うソクラテスからは想像しにくいところもあった。しかし同時に、ソクラテスがいまより厳しく不寛容な時代にあって「魂をできるかぎり善くするように」と説きつづけたことを思えば、あのような裁判は避けられなかったのだろうとも思った。
ソクラテスの生涯
ソクラテスは、紀元前470年ごろ、ギリシアの都市国家アテナイに生まれた。彼の生涯について、詳しいことはわかっていない。それでも彼の人となりが多少なりとも伝わっているのは、主に彼の若い友人であるプラトンが、ソクラテスを主人公にした「ソクラテス的対話編」を著したからだ。
プラトンの哲学作品のなかで、ソクラテスは、市井の人びとをつかまえて「徳」や「勇気」といった主題についての問答を求める、好奇心旺盛で風変わりな人物として描かれている。
哲学的な問答を行なう際に、ソクラテスは「自分は重要なことについては何ひとつ知らない」と前置きして、相手の考えを聞き出すのがつねだった。それから、さまざまな質問を相手に投げかけ、相手の考えが不合理で矛盾したものであることを暴露するのだ。