エピローグ
ソクラテスが姿を消してから、もうじき3年が経とうとしている。哲学の話をしているときに彼が見せる楽しそうな表情、底抜けに明るいあの笑顔が見たくて、ぼくはあれから何度も公園に足を運んだ。ソクラテスの好物だったイカくんを手土産にして。けれども、夜のアゴラ公園はいつも人影ひとつなくて、あの「エーゲ海のように青いシャカシャカの家」もまた、跡形なく消え去っているのだった。まるで最初から何もなかったかのように……。
一度、公園で見かけたホームレスに、「ソクラテスはどこへ行ったのか?」と尋ねてみたことがある。ホームレスが怪訝な顔をするので、ぼくはムキになって、「ギリシャっぽい服装をした変な外国人」のことを説明した。けれども、そんな努力も謎を深める結果にしかならなかった。ホームレスは「そんなヤツは知らん」と答えたきりで、あとは何を聞いても首をかしげるばかりだった。
Facebook にあったソクラテスのページも消えていた。「友達リスト」に入っていたエウリピデスやプラトンも、みんな消去されていた。それどころか、メッセージボックスに入っていたソクラテスのメッセージさえ、きれいさっぱりなくなっていた。
いったい、生身の人間が、こんなにも完璧に痕跡を消し去って、忽然と姿を消したりできるものなのだろうか。それとも、ぼくが対話をしていたあのソクラテスは幻だったとでも言うのか。ぼくはいまだに、自分が直面する現実を理解できずにいる。
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