恋愛音痴の受難〈前篇〉

まっすぐな恋がしたいと切に願っていた文月悠光さん。なんと立て続けに二人の男性から告白されたそうです。はっきりと好意を告げた男性に対して、文月さんはまたも〈臆病さ〉が先に立ちます。詩人らしいたとえ話でお茶を濁しながら、自分のことをさて置いてしまう文月さんは、果たして自身の心とどう向き合うのでしょうか。

「きみは本当の恋愛を知らないね」

 片思いに焦がれてばかりで、一向に進展しない私を友人は笑う。
「私だって本気になれば」とムキになりかけて、立ち止まる。「本当の恋愛」ってどこにあるんだろう。心がひりひり痛むほど、相手にまっすぐ向き合ったことがあるだろうか。臆病な私は、恋愛においても「街へ出る」ことができずにいる。

 これから書こうとしているのは、10日間で2人の男性に告白される〈恋愛音痴〉な女の話だ。突然の告白に戸惑い、混乱し、ついに高熱を出した私は「もうダメだ。書いて徹底的に向き合うしかない」と思い立った。
 告白されたことと、その顛末を書き綴り、連載の担当者N氏に見てもらった。「ふづきさん、鈍いです!」「この書き方はずるいのでは?」。鋭い指摘に震えながら、一体自分の何が「ずるい」のか、何が問題なのか、なぜこれを書くのか、何度も己に問いかけた。書くことしか能のない私は、言葉にしないと自分自身と向き合えない。

 大人になってから好きな人に「好き」と伝えたことがない。伝えてしまったら、その時点で、良くも悪くも関係性は変わってしまう。私は悪い変化を恐れるばかりで、気持ちを開示できずに終わっていた。

 そんなわけで。この春の初め、私はまたも長い片思い期間の中でタイミングを逃し続け、「きっと失恋したのだ」と自ら結論づけた。自分の気持ちを伝えることよりも、「相手が自分をどう思っているか」が気にかかり、不毛な〈一人相撲〉に陥っていた。ようやく諦めがつき、「これでもうモヤモヤしなくてすむ」と内心ほっとしているところだった。


「もういいんです。告白しなかったことで、傷つくことを回避できましたし」

 銀座の喫茶店で、ティーカップの縁をなぞりながらMさんに話す。
 Mさんは年の離れた風変わりな友人で、私のくだらない恋愛話に1年近く付き合ってくれていた。39歳のMさんには長く恋人がいない。24歳の私にもずっと恋人がいない。独り者同士、私たちは仲が良い。

「回避できてないけどね」と不意にMさんが言った。
「……え?」
「回避できてない。ふづきさん、傷ついてるけどね」

 何を言い出すのだろう。私はMさんの言葉を前に困惑した。告白して断られて「傷つく」というのならわかるけれど、気持ちを伝えられなくて「傷つく」って……? このとき、私は告白の「悪い面」しか見えていなかったのだ。

K「ふづきさんは、僕のこと好きですか?」

 困惑を引きずったまま、とある飲み会へ向かった。六人ほどの小規模な会で、小さなバーは貸し切り状態。私は白のサングリアを手に、cakesの連載のこと、次に始まる仕事の話をして、「がんばります」と笑った。
 数年前から知り合いのKさんは、顔を真っ赤にして「ふづきさん、八百屋に行ってつくったスープ、彩りが足りませんよ!」と小姑のようなことを言っている。「次はにんじんでも入れてみます」と適当に切り返す。Kさんが酔って絡むのはいつものことだが、今日はいっそう当たりが強い。

 0時を回ると、店に残っているのは、Kさんと私、ライターのDさんだけだった。終電で帰ろうとコートを着込んでいると、「ふづきさん、ちょっと話が」とベロベロのKさんに呼びとめられる。困ったな、Kさんすごい酔ってるよ。
 Dさんに目で助けを求めるが、Dさんは素知らぬ顔で煙草を吸いに店を出て行ってしまった。

 二人きりになると、「僕はふづきさんのことが心配なんですよ」とKさんは言った。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
臆病な詩人、街へ出る。

文月悠光

〈16歳で現代詩手帖賞を受賞〉〈高校3年で中原中也賞最年少受賞〉〈丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞〉。かつて早熟の天才と騒がれた詩人・文月悠光さん。あの華やかな栄冠の日々から、早8年の月日が過ぎました。東京の大学に進学したものの、就職活...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

simaki0a0p 詩人の文月悠光さんが2人の男性に立て続けに告白された話。どうしても告白した側に感情移入してしまって「書かないでー!!」という恥ずかしさもありつつ、前後編楽しく読みました。この題材をここまで赤裸々に書けるのはすごい。 https://t.co/RyroOkNk8L 約1年前 replyretweetfavorite

aqua_cemetery 詩人の文月悠光さんの連載エッセイの直近更新分が面白い。恋を喩えてお星さまとは…むーん。未読の方も今なら前篇後篇まだ無料っぽいから是非。https://t.co/BXurGY3POH 約1年前 replyretweetfavorite

luna_yumi 大人になってから好きな人に「好き」と伝えたことがない。伝えてしまったら、良くも悪くも関係性は変わってしまう。「自分と結ぶ一番星を見つけなさい」と恋の神さまは命じる。でも一体どうやって…? ▶︎第6回 恋愛音痴の受難・前篇|文月悠光 https://t.co/MUmoNc45Zb 約1年前 replyretweetfavorite

Vincent82_ 脳内覗かれてるかと思いました…。 特に最初の部分。 約1年前 replyretweetfavorite