「きみは本当の恋愛を知らないね」
片思いに焦がれてばかりで、一向に進展しない私を友人は笑う。
「私だって本気になれば」とムキになりかけて、立ち止まる。「本当の恋愛」ってどこにあるんだろう。心がひりひり痛むほど、相手にまっすぐ向き合ったことがあるだろうか。臆病な私は、恋愛においても「街へ出る」ことができずにいる。
これから書こうとしているのは、10日間で2人の男性に告白される〈恋愛音痴〉な女の話だ。突然の告白に戸惑い、混乱し、ついに高熱を出した私は「もうダメだ。書いて徹底的に向き合うしかない」と思い立った。
告白されたことと、その顛末を書き綴り、連載の担当者N氏に見てもらった。「ふづきさん、鈍いです!」「この書き方はずるいのでは?」。鋭い指摘に震えながら、一体自分の何が「ずるい」のか、何が問題なのか、なぜこれを書くのか、何度も己に問いかけた。書くことしか能のない私は、言葉にしないと自分自身と向き合えない。
大人になってから好きな人に「好き」と伝えたことがない。伝えてしまったら、その時点で、良くも悪くも関係性は変わってしまう。私は悪い変化を恐れるばかりで、気持ちを開示できずに終わっていた。
そんなわけで。この春の初め、私はまたも長い片思い期間の中でタイミングを逃し続け、「きっと失恋したのだ」と自ら結論づけた。自分の気持ちを伝えることよりも、「相手が自分をどう思っているか」が気にかかり、不毛な〈一人相撲〉に陥っていた。ようやく諦めがつき、「これでもうモヤモヤしなくてすむ」と内心ほっとしているところだった。
「もういいんです。告白しなかったことで、傷つくことを回避できましたし」
銀座の喫茶店で、ティーカップの縁をなぞりながらMさんに話す。
Mさんは年の離れた風変わりな友人で、私のくだらない恋愛話に1年近く付き合ってくれていた。39歳のMさんには長く恋人がいない。24歳の私にもずっと恋人がいない。独り者同士、私たちは仲が良い。
「回避できてないけどね」と不意にMさんが言った。
「……え?」
「回避できてない。ふづきさん、傷ついてるけどね」
何を言い出すのだろう。私はMさんの言葉を前に困惑した。告白して断られて「傷つく」というのならわかるけれど、気持ちを伝えられなくて「傷つく」って……? このとき、私は告白の「悪い面」しか見えていなかったのだ。
K「ふづきさんは、僕のこと好きですか?」
困惑を引きずったまま、とある飲み会へ向かった。六人ほどの小規模な会で、小さなバーは貸し切り状態。私は白のサングリアを手に、cakesの連載のこと、次に始まる仕事の話をして、「がんばります」と笑った。
数年前から知り合いのKさんは、顔を真っ赤にして「ふづきさん、八百屋に行ってつくったスープ、彩りが足りませんよ!」と小姑のようなことを言っている。「次はにんじんでも入れてみます」と適当に切り返す。Kさんが酔って絡むのはいつものことだが、今日はいっそう当たりが強い。
0時を回ると、店に残っているのは、Kさんと私、ライターのDさんだけだった。終電で帰ろうとコートを着込んでいると、「ふづきさん、ちょっと話が」とベロベロのKさんに呼びとめられる。困ったな、Kさんすごい酔ってるよ。
Dさんに目で助けを求めるが、Dさんは素知らぬ顔で煙草を吸いに店を出て行ってしまった。
二人きりになると、「僕はふづきさんのことが心配なんですよ」とKさんは言った。