第155回 36分の18を作ろう(前編)

「でも、どうしてもこれが分数とは思えませんね……」とテトラちゃんが首をかしげる。「数を作る」第3章前編。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
$ \newcommand{\HIRANO}{\unicode[sans-serif,STIXGeneral]{x306E}} \newcommand{\LOOKSLIKE}{\quad\longleftrightarrow\quad} \newcommand{\TR}[1]{\langle#1\rangle} $

図書室にて

ここはの高校。いまは放課後。図書室でテトラちゃんが話をしている。

「そんな話をユーリとしていたんだよ(第154回参照)」

テトラ「おもしろいですねえ……空集合からいろんな数を作っていく。何もないところから数を少しずつ作り出していく。 そんなことができるんですね」

「そうだね。《ノイマンの方法》もおもしろいけど、順序対(じゅんじょつい)を使って整数を作るのもおもしろかった」

テトラ「はい。以前、先輩方といっしょに考えたこともありましたね(『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』第8章参照)」

「うんうん」

テトラ「そうです。確かあのときは、整数だけではなく、分数も作りましたね。整数を作るのと同じような形で、 順序対を使って作ったような記憶があります」

テトラちゃんは人差し指を口に当て、 そのときの数学トークを思いだそうとしている。

「そうだったね。あ、でもテトラちゃん。『分数を作った』というよりも『有理数を作った』という方が正確だよ」

テトラ「は、はい……でも、あたしの記憶では、$(a,b)$という順序対を使って$\dfrac{a}{b}$という分数を表していたように思うのですが」

「うん、それをまちがいといってるわけじゃないよ。でも、分数というのは数の表記であって、数そのものじゃないよね。 そうだなあ、たとえば、 $$ \dfrac{\pi}{\sqrt{2}} $$ というのは分数だけど、有理数じゃないよね」

テトラ「確かに! 先輩のおっしゃる通りです。順序対$(a,b)$を使って表したのは、分数というよりも有理数ですね。 そうですそうです。このときの$a,b$はどちらも整数でした。 $\pi$や$\sqrt{2}$のような数は使いませんでした」

「もうちょっと条件があるよね。$(a,b)$で、$a$と$b$はどちらも整数なんだけど……」

テトラ「はいはい。わかっております。$b$は$0$以外という条件ですね。でないと分数の形でゼロ割になってしまいますから」

「うん、だから、僕たちは《有理数を作る》ために、こんな順序対を使うことになる」

《有理数を作るため》に使う順序対として、 $$ (a,b) $$ を考える。 ただし、$a$と$b$は整数で、$b \neq 0$である。

テトラ「はい。ところで先輩。《順序対》はどうして順序対という名前なんでしょうか。 《対》(つい)はわかります。$a$と$b$の二つのペア、つまり対になっていますから。 でも《順序》とは?」

「え? それは、順序対だと$(a,b)$と$(b,a)$を区別して考えるからじゃないの? つまり、$a$と$b$の順序を考える対……という意味だと思っていたけど」

テトラ「あっと、なるほどです。それはそうですよね」

「集合の場合には$\{ a, b \}$と$\{ b, a \}$という二つは等しい。つまり、要素の順序の違いは区別しないわけだね。でも、順序対の場合には、$(a,b)$と$(b,a)$という二つの順序対は等しいとは限らない。$a \neq b$の場合には$(a,b) \neq (b,a)$になるということ」

テトラ「……ちょっとお待ちください。いま先輩は、集合の場合、要素の順序は区別しないとおっしゃいましたよね」

「そうだよ。$\{ 1, 2 \}$と$\{ 2, 1 \}$は等しい集合になるから」

テトラ「だとしたら、《順序対を集合で作る》のは不可能じゃないんでしょうか? 要素の順序を区別しないんですから」

「おっと! ええと、それは……」

テトラ「だって、$\{ a, b \}$と$\{ b, a \}$を区別しないというのなら、順序を気にするものを集合で作るなんてできません……困りました」

「いやいや、待ってよテトラちゃん。その疑問はすばらしいんだけど、誤解がある。 順序対$(a,b)$を作るのに、$a$と$b$は集合の要素である必要はないよ。 いや、集合の要素なんだけど」

テトラ「……?」

「いま思い出すから待って。《ノイマンの方法》を本で読んだときに、順序対を集合で作る話も読んだんだ。なるほど! と感動した覚えがある……確か、 こんなふうに作るんじゃなかったかなあ」

集合$X$の要素$a,b$からなる順序対$(a,b)$は、 $$ \bigl\{ \, a, \, \{ b \} \, \bigr\} $$ として作ることができる(?)。

テトラ「なるほど……二つの要素のうち、片方の$b$だけを一つ集合で《包んでしまう》ということでしょうか。確かにそれなら、$a$と$b$の二つを区別できます……か?」

「うーん……いや、これじゃだめだなあ。なぜなら、集合$X$が$\bigl\{ 1, \{1\}, 2, \{2\} \bigr\}$のようなとき、 順序対として$(\{1\},2)$と$(\{2\},1)$が区別つかなくなるから。 だって、

  • $(\{1\},2)$は$\bigl\{\{1\},\{2\}\bigr\}$になる。
  • $(\{2\},1)$は$\bigl\{\{2\},\{1\}\bigr\}$になる。
で、集合として、この二つは区別つかない!  だから、正しくはこうかな」

集合$X$の要素$a,b$からなる順序対$(a,b)$は、 $$ \bigl\{ \, \{a\}, \, \{ a, b \} \, \bigr\} $$ として作ることができる。

テトラ「……」

「うん、これでいけそう。$$ P = \bigl\{ \, \{a\}, \, \{ a, b \} \, \bigr\} $$ が順序対$(a,b)$と見なせるのはどうしてかというと……ええと、まず、

  《第一成分が$a$である》かどうか

は、

  《集合$P$に属するすべての集合について、$a$がその要素になっている》かどうか

でわかる。 この例でいうと、 $\{a\}$と$\{a,b\}$の両方に属している要素が第一成分だということだね。つまり$a$だ」

テトラ「は、はあ……」

「第二成分についても同じように……あれ? 難しいな。いや、わかった。

  《第二成分が$b$である》かどうか

は、

  《集合$P$に属する集合$A,B$について、$A \neq B$ならば、$b \not\in A$または$b \not\in B$である》かどうか

でわかる」

テトラ「の、後ほどじっくり考えてみます……」

有理数

「で、有理数」

テトラ「はい……順序対$(a,b)$で有理数を作るというのは、結局、$\dfrac{a}{b}$の値が等しい順序対$(a,b)$全体の集合を作るということですよね。 たとえば、$\dfrac{1}{2}$を作りたいときは、 $$ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots $$ という順序対をすべて集めて集合にする?」

《順序対の集合で有理数$\dfrac{1}{2}$を作る》
$$ \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} $$

「そうそう。有理数を《整数の割り算》で計算するということを知っている僕たちにとっては、《$\dfrac{a}{b}$の値が$\dfrac{1}{2}$に等しくなるような、$(a,b)$全体の集合を作る》 というのでいいんだけど、《整数の割り算》を定義する前に有理数を作るには、 整数の掛け算を使って同値関係を作る必要があるから、 $$ 1\times b = 2 \times a $$ になるような$(a,b)$を集めた集合を作るというほうがいいかな」

テトラ「あ……そのあたり、あまりきちんと覚えていないです……」

「つまりね《整数$a$》と《$0$以外の整数$b$》を使って作れる《順序対$(a,b)$》全体の集合を、分類して、有理数としての値が等しいものを同一視して、同じ値を持つ順序対を集合にまとめたい。 つまり、こんな感じの集合を作りたいんだよ。$\dfrac23, 0, \dfrac12$の三つだけ具体的に書いてみるね」

$$ \begin{array}{rcl} & \vdots & \\ \dfrac23 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-4,-6),(-2,-3),( 2, 3),(4,6),(6,9),(8,12),\ldots \bigr\} \\ 0 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,( 0,-3),( 0,-2),( 0,-1),(0,1),(0,2),(0,3),\ldots \bigr\} \\ \dfrac12 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} \\ & \vdots & \\ \end{array} $$

テトラ「はい……」

「そうすれば、整数の順序対の集合で有理数が作れる……でも《整数の割り算で有理数を求める》という計算を定義する前だから、割り算を使うのは避けたい。だから、割り算ではなく掛け算を使う。 順序対$(a,b)$と$(c,d)$を同一視するのに、 $$ a \div b = c \div d $$ という式を使うんじゃなくて、 $$ a\times d = b\times c $$ という式を使うということ。 もちろん結果としては同じ話なんだけどね。 さっきの$\dfrac{1}{2}$の例でいえば、 $$ \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} $$ の中から、二つの順序対$(a,b),(c,d)$を選ぶと、 どれでも$a\times d = b\times c$が成り立っているはずだよ」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

chibio6 順序対で整数と有理数を作る考え方を学ぶ。後半テトラちゃんが約分で覚醒。複素数にまで発展したり、順序対を集合で作ったりと活躍。少し置いてけぼり感。 4年以上前 replyretweetfavorite

aramisakihime 前回のユーリの疑問を思い出して再確認。前回までの0と今回の0は《違うもの》ですね。 4年以上前 replyretweetfavorite

hyuki 明日の朝7時までは無料購読できまーす! 4年以上前 replyretweetfavorite

iwaokimura 有理数を整数のペアとして作る話.そしてペアをどうやって作るか?という話. https://t.co/XbLkm4SNr0 演算が導入されるのは,次回? :) 4年以上前 replyretweetfavorite