幼い頃、自分が眠ると世界中の何もかも、全てが一緒に眠ると信じていた。
寝る前に母が絵本を読んでくれる時間が終わると、私は布団にもぐりこみ、母の身体に身を寄せながら、絵本の向こう側に広がる世界を想像した。
その世界では、私は時にカラスのパン屋さんで働き、時に継母に妬まれる美しいお姫様になって白馬の王子様に助けられ、たまに森の中の小さな家で暮らす幸せな家族の一員にもなった。勇敢な勇者になって冒険をしたこともある。
動物たちはいきいきと喋り、植物は動き出す。そして自分勝手で都合のいい妄想物語は際限なく繰り広げられた。まるで自分がその絵本の主人公……というよりも、万物を操る神様になったかのように。
お風呂の余韻の残る火照った身体が心地良く、母のシャンプーの香りがふかふかの布団と共に私を包み込む。気がすむまで想像し終えると、一気に睡魔の波が押し寄せるのがお決まりのパターンだ。
私がまぶたを閉じかけると、家の外の電灯は徐々に消えていく。どこかの遊園地のあかりも消え、観覧車もメリーゴーランドも陽気な音と共にゆっくりと動きが止まってしまう。海外の賑やかな街(今思うと、それはいつかテレビで見たラスベガスだったのかもしれない)の車も次第に停まり、街の電気もどんどん消えていく。そうして隣で寝かしつけてくれている母も、さっきまでテレビを見ていた姉も、そういえばまだ仕事から帰ってこない父も、誰もが眠りにつきはじめ、世界中の全てのあかりというあかりが一気に消えて真っ暗な夜になったところで、最後にエジプトのラクダまでもが眠りに落ちる……というところを想像しながら、幼い私はまぶたを閉じた。
これを想像だと疑ったことは一度もなかった。
あの頃の私には、想像の世界が手を伸ばすと届きそうなくらい、身近な場所にあった。
「香純、髪を切ってもらいたいんだけど」
姉の小百合が急に連絡してきたのは、先週の土曜日のことだった。
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