堀江貴文「1991年俺のDESIRE」

福岡県をテーマとした連続小説『ぴりから』。小説のストーリーの中には福岡の食、人、文化、歴史が折り込まれており、作家自身の思い出に関するに内容も登場します。ちょっぴりスパイシーな内容で、それぞれの小説の内容が、どこかしら繫がっているところも見どころです。
第1弾は、福岡出身の起業家である堀江貴文さんが、自身の思い出をたどりながら綴りました。
GW特別企画、7日間連続更新です。

 生まれた町から巣立っていく日がもうすぐ来そうな、あるいはこないかもしれない微妙な感じの日々。これが俺たちの世代の地方出身者に共通する感覚だろうか。

 全国的に言えば全くと言っていいほど知名度の無い町、八女市。俺が生まれた町だ。やめし、と呼ぶと言わないと読み方が判らない人も多いだろう。そんな町で俺は育った。勉強だけはダントツに出来るほうだったが、小学校一年生の頃は後ろから三番目に整列するくらい背が高かったものの六年生では真ん中くらい。運動も中の下くらいしかできない、容姿も普通の男の子だった俺は、時には親の金を拝借してゲーセンに通うような悪事も働いたけど、反抗期らしい反抗期も特に無く特に目立つこともなく普通に成長していった。

 団塊ジュニアという珍妙な記号を付けられた1970年代前半生まれの世代。進学校に進んだ俺たちの目標は上京して大学に入ることだ。なんせ真面目な同級生の南くんなんか中学校に入ったばかりの頃から「理系にいくと? 文系にいくと?」とか聞いてくるくらいだ。田舎の進学校はなぜか丸刈りの男子校しかなく、丁度思春期に差し掛かる俺たちは女子と付き合いたいという欲望で頭を一杯にさせながらも、悪友のアベちゃんがどこからともなく持ち込んだ裏ビデオ、それも数十回とダビングされたであろう、擦り切れんばかりの映像を見ながら、覚えたばかりのオナニーで発散させるしか無かったのである。
 大晦日の夜、束の間の休息を得た俺たちはこれっぽっちも信じていないくせに「学問の神様」である菅原道真公を祀る太宰府天満宮に受験必勝祈願に来ていた。西鉄大牟田線から太宰府線に乗り換えると既に大混雑だ。普段は自転車通学だから満員電車なんて経験したことがない。もしかしたら東京ではいつもこんなに混雑してるのだろうか、そんなことをちょっとだけ思いながら電車に揺られ太宰府駅についた。参道からは美味しそうな甘い香りが漂ってくる。俺は和菓子の甘いアンコは好きではないんだが、この「梅ヶ枝餅」だけは別だ。

 太宰府天満宮に祀られている菅原道真公は京より左遷されて太宰府に流れ着いたのだが、その落ち込んでいる道真に老婆が元気を出して欲しいと梅の枝を添えて餅を差し入れた逸話が元になっているという。古くは味噌餡の焼き餅だったらしいが、小豆餡が手軽に手に入るようになってから今の形になったようだ。焼きたての香ばしさでアンコのしつこい甘さが緩和されるというか。とにかく甘いものが苦手な俺もこれだけは2個3個とついつい手が出てしまうのである。太宰府天満宮に向かう参道では1個単位で焼きたてを頬張れるから、この日もついつい一つ70円の梅ヶ枝餅を友達と一緒に購入した。

 かじかむ両手に餅のほっこり温かさが染みてくる。このギャップがなんだか師走の慌ただしさの一服の清涼剤のようだ。俺たちは餅を食べながら天満宮の鳥居をくぐった。

 大宰府は小学校の社会科見学でも訪れる定番スポットだ。先述した学問の神様菅原道真公が左遷されたことで全国でも有名だが、古代大和朝廷が西方の守りを固めるための出先機関として設置したのが始まりで今でもその遺構が残っている。天満宮は菅原道真公の死後彼を祀って作られたと言われており、九州全域から受験生が必勝祈願に訪れる。普段は神様仏様なんて信じないと嘯く俺も藁にもすがる思いでお祈りにきたというわけだ。というのは建前で受験勉強に没頭していたこの半年では久々の息抜きタイム、友達と天満宮参拝を口実に集まっただけなのである。
 思えば古くから神社の参拝は庶民のレジャーに利用されていたという。イスラム教徒のメッカ巡礼も日本のお伊勢参りも信仰という真面目な目的を隠れ蓑にして長期休暇を楽しむためのものだったという。先達と呼ばれるお伊勢参りの案内者はツアーコンダクターの元祖だという。昔も今も人々が考える事は同じなのだ。

 ともあれ、俺たちは太宰府天満宮参りをサクッと完了した。お賽銭もいつもの小銭と違いお札を奮発した。といっても高校生の経済力ではお賽銭に福沢諭吉を入れることは出来ず、夏目漱石止まりだったのだけど。それでも俺としてはかなり頑張ったほうだ。しかし、親父が手広く飲食店を経営している長野くんだけは福沢諭吉をさらっと賽銭箱に入れていた。経済力の差が神頼みで受験の合否に関係するとは思えないけど、地獄の沙汰も金次第って言うしなあ。なんとなく心がざわつくのだ。長野くんは小学校の塾からの長い付き合いなんだけど、彼には良くしてもらったなあ。なんというか半分お金の付き合いというか彼の自宅の豊富なマンガの蔵書、最新のゲーム機やソフトのライブラリー(当時アーケードゲームが遊べるX68000や専用コントローラーまで備えていた)目当てで仲良くしていたのは否めない。彼の自宅の屋根裏は徹マン部屋で、お母さんには夜食を用意してもらって泊まりがけでよく麻雀をしたものだ。単位が足りなくて卒業が危ぶまれた彼のレポートを一万円のギャラを貰って書くのは俺が大学に合格した後の話だ。

 素直にお金持ちに生まれた彼を羨みながらも強かに彼を利用する狡猾さも俺は持ち合わせていた。劣等生な彼はどんな人生を歩んでいくのだろうか。親父は実家の寿司屋を継いで地元では有数の飲食店チェーンに成長させたやり手なのに、息子には医学部に入れと言っているらしい。絵がうまくてアニメが得意な彼に、絶対代々木アニメーション学院に入ったほうがいいのに、と俺たちは彼がいない所で囁き合っていた。親たちの世代からしてみればアニメなんて子供が見るもんだ、アニメ関連の仕事なんてとんでもない、といった印象なのだろうなあ・・・・・・。家では彼は口が裂けてもそんなことは言えないだろうな。
 境内を見ると多種多様な絵馬が鈴なりに吊るされている。中には怨念を感じるかのような気合の入った絵馬も散見される。俺たちは絵馬をスルーすることにした。いつもよりかなり多めのお賽銭で十分だと思ったからだ。そのまま遊びに行こうと思ったのだが、俺たちは男子校のピュアな(おそらく全員が童貞の)高校生。道行く女子高生らしい同い年くらいの受験生たちに声をかける勇気は誰も持ち合わせていない。 
  そういえば一昨年の夏、同じメンバーで海に遊びに行ったっけ。その時も海で遊んでいる女子だけのグループに声をかけたいと全員が思っていたけど、誰ひとりとして先陣を切る勇気のある者はいない。結局じゃんけんで選ばれたヤツですら、声をかける勇気を最後まで振り絞れず、俺たちは男だけで寂しいバーベキューをしたもんだ。女なんて要らねーよって強がりながら、今だから言えることだが、コンビニでワインを買ってみんなで酔っ払った。どうしてワインかって? ビールが苦くて飲めなかっただけだ。中途半端に大人に憧れ、女子に希望を抱き、さっぱり行動が伴わない田舎者の高校生、それが俺たちなんだ。

 太宰府天満宮の混み合う参道を抜け俺たちは西鉄電車でとりあえず天神に向かうことにした。天神に行けばどこか遊ぶ所があるだろうという行き当たりばったりの行動である。幸い大晦日だけは終夜電車を運行しているという。とはいえ先立つものもそんなに多くない。ついさっき夏目漱石を賽銭箱にいれたばかりだ。遊びの選択肢は限られている。「カラオケ行こうぜ」
 こんな時に真っ先に声を上げるのがアベちゃんだ。つい数年前から普及したレーザーディスク(LD)。家庭用の映像再生メディアとしては値段が高く、全くと言っていいほど普及しなかったが(お金持ちの長野くんちには当然あった!)、レーザーカラオケという新たな需要を創りだす事に成功し全国で急速に盛り上がりつつあった。
「よかね〜」
「俺歌いたい新曲があるとよ〜」

 人数プラス時間制のカラオケボックスは明朗会計で俺たちにとっては都合が良かった。天神のような都会では雑居ビルの中に入居しているのだが、俺の実家のある八女市などではロードサイドに使われなくなった鉄道コンテナを並べてカラオケボックスにしてあった。それでも需要に供給が追いつかない有様。田舎のロードサイドにはカラオケボックスが立ち並ぶようになっていた。
 いかすバンド天国、略してイカ天が創りだしたバンドブームはイカ天出身のアーティストだけにとどまらなかった。ブルーハーツやX(エックス)、BOØWYなど人気のあるバンドは枚挙に暇がない。俺たちの仲間もみんなその辺の歌を何度も聴きこんで覚えていた。アベちゃんなんかはカラオケボックスに入った瞬間、歌本とにらめっこだ。

 俺はといえば女性歌手の歌が好きなのだが、声変わりをした身には女性ボーカルのキーは高すぎてとてもじゃないけど声が持たない。メインストリームカルチャーに素直に迎合することが出来ない、俺のネジ曲がった性格のせいでカラオケボックスでもみんなに合わせることが不可能な不器用さ。もし受験で女子もいる大学に受かったとして俺は大丈夫なんだろうか。みんなと上手くやっていけるのだろうか。
 メインストリームカルチャーに素直に迎合出来ないくせに、みんなに注目されたいだなんて都合のいいことを考えてる。俺はまた酒の力を借りることにした。もう高校三年生だ。大学一年生と区別はつかない。どうせカラオケボックスなんてバイト学生が注文取りにくるんだろ。平気平気。

「大坪、お前ビールは飲まんと?」

 お調子者のアベちゃんが俺に突っ込んできた。子供の頃親父のビールの泡だけを飲んだことがあるが、ビールを一杯まるまる飲んだことはない。なんであんな苦いアルコールを好んで大人は飲むのか俺には理解できなかった。親に隠れてこっそり飲んでいたアルコールはせいぜいワインくらいだ。あとは冠婚葬祭や祭りの打ち上げで大人に面白がって日本酒を飲まされるくらい。苦いお酒を飲みたいなんて奴は馬鹿だくらいに思っていた。大人なイメージのビールをお前は飲めないのか? 子供だなあ・・・・・・。ってアベちゃんに見透かされてるみたいでちょっと腹が立ってきた。

「飲むに決まっとるやろ」

 飲んだこともない生ビールのジョッキを注文してしまった。生ビールなんて現物をみたこともない。うちの親父が飲んでいるのはいつもキリンビールの中瓶だ。店員が人数分の飲み物をボックスの中に持ってきた。

「かんぱーい」

 高校生の癖にビールで乾杯。もうすぐ大学生だから、大学生は普通に皆飲んでいると思えば罪悪感も少ない。
(にが!)

 俺は心のなかで囁いた。なんで大人はこんな苦いもんを飲むんだろうか理解不能だ。だけど、そんなことは口には出さない。

「ぷはー! うまかね〜」

 とビールのCMで見たような美味しそうなリアクションをとりあえず取ってみた。仲間内でかっこわるい事はしたくない。いかにもビールを飲み慣れているようなリアクションが必要だ。しかし、飲んでいるうちに酔っ払ってきてビールの苦さをだんだんと感じなくなりなんだか美味しく思えてきた。調子にのってお代わりを頼んでいる俺がいた。
 高校生の男だらけの忘年会兼受験の決起集会。女子はもちろん一人もいない。彼女がいそうなメンツでもないし、そもそもロクに女子と交流していないから会話にも女子に関するネタが上がってこない。もちろん欲望はある。セックスしたことはないけど物凄くしたいと思ってる。俺たちもいつかは初体験の経験談を自慢気に語ったり、合コンしたりするのだろうか。合コンってどうやってやるんだろうか・・・・・・。そんな妄想をふくらませていたら、アベちゃんが俺に曲を選ぶように促してきた。

「大坪はなんば歌うと?」

 正直流行っていたバンドの歌は全く覚えていないから歌えない。

(どうしよう・・・・・・。)

 当時のアイドル歌手といえば、アイドルっぽいキョンキョンこと小泉今日子派か歌唱力に定評のある中森明菜派で好みが大きく分かれていたように思うが、俺は断然中森明菜派だ。歌唱力もさることながら、あのなんとも言えない陰のある雰囲気が気に入っていた。

 男性ボーカルの歌は余り知らなかったが何度も聞いている中森明菜の歌なら多少キーは高くとも歌えそうだ、と思って歌本を調べていると、最近CDを買ったばかりの新曲がもう追加されていた。流石人気歌手への対応は早い。 気づくと俺はその新曲「DESIRE」をリモコンを使って入力していた。

「やり切れない程 退屈な時があるわ」

 運悪く田舎に生まれた俺には、ずっと東京への憧れがあった。いや東京でなくともいい。もっと刺激的な事がしたい、とんでもない奴らととんでもない話をずっとしていたい。そんな欲求 - DESIRE - に駆られていたのだと思う。

 マイクを持った俺は酔った勢いで激しい歌い出しから、絶叫の連続だった。
 仲間たちはあっけに取られて俺を見ている。
 最初から最後まで絶叫で突き通す。顔からは汗が吹き出し、最後には喉がカラカラになって掠れている。

歌い終わって放心状態の俺の隣へ唐突に南くんが目をキラキラさせながら近寄ってきた。

「俺パンクバンドやりたかっちゃけど、一緒にやらん?」

俺たちがカラオケボックスを出るころには、新年の荘厳な紺色の空が広がっていた。もうすぐ初日の出だ。俺たちのほとんどはこれから東京や大阪へ旅立っていく。希望に満ちた未来が広がっているのだろうか。それよりなにより受験は成功するんだろうか。もう二週間もすれば共通一次試験改め大学入試センター試験が始まる。それぞれが複雑な想いを抱えながら帰路についた。
 俺は見事東京大学に合格して大晦日から三ヶ月後に上京した。
 新歓コンパでも合コンでも中森明菜の「DESIRE」を歌って見事にドン引きされた。
 そしてまたパンクバンドに勧誘された。

 十数年後、この時の「DESIRE」に込められた行き場のないエネルギーが、パンクバンドとは違った形で日本社会に大きなインパクトを与える大爆発に発展するとは思いもよらなかった。

次回、田中里奈「とこやさんの魔法」は明日5/3更新予定

堀江 貴文(ほりえ・たかふみ)

一九七二年十月二十九日生まれ。福岡県 八女市  実業家、ライブドア元代表取締役CEO、SNS株式会社ファウンダー。東京大学中退。二〇〇六年一月に証券取引法違反で逮捕されるも、刑期満了し、ゼロからまた新たなスタートを切る。現在は自身が手掛けるロケットエンジン開発を中心に、スマホアプリ「テリヤキ」「755」「マンガ新聞」のプロデュースや、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校」の主宰を手掛けるなど幅広い活躍をみせる。著書多数。

「福岡愛」あふれる7人が織りなす、7つの福岡の物語『ぴりから』。


ぴりから

この連載について

福岡×小説『ぴりから』

ぴりから

『ぴりから』は、福岡県のことが大好きで応援したいという「福岡愛」あふれる7人の著名人によって展開される、福岡県をテーマとした連続小説です。福岡の食、人、文化、歴史が折り込まれており、小説のストーリーの中には作家の思い出に関するに内容も...もっと読む

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ARk0vTEKeteSS3m 堀江貴文さんの短編小説; 「1991年俺のDESIRE」 ↓ここから読めた↓😁 https://t.co/cbXZYaY2Vj https://t.co/pMIWL7iwri 1年以上前 replyretweetfavorite

les_trooper 18歳の冬、懐かしい。 心に染み入る感覚。 1年以上前 replyretweetfavorite

nan_nandem https://t.co/EfhRZZfNFl 2年弱前 replyretweetfavorite

teketekemax いい。https://t.co/FnPrDjOjNW 2年弱前 replyretweetfavorite