男が知るべき性犯罪の実態
二村ヒトシ(以下、二村) AV監督である僕にこの小説について聞くってことは、リョナ(猟奇オナニー趣味)やスナッフ・フィルムについての解説をすればいいのかな。
—— いやいや(笑)。二村さんにこそ聞けるテーマが詰まった小説だと思いまして……。まず全体的な印象はいかがでしたか?
二村 痛烈に感じたのは、男性性と暴力がつながっていることの怖さ。現代の社会でも女性がいかに危険にさらされるかというのを示してくれてると思います。
—— 若い女性を狙った誘拐、監禁、さらに猟奇ポルノに殺人までとかなりハードな描写が多い作品ですね。
二村 それらはサスペンス小説の中だけにあるんじゃなくて、実際に起こり得ることですよね。ただ、そういったものとSMって似ていると見なされがちなんだけど、誘拐や監禁はあくまで暴力であり、SMプレイは被虐側の欲望にそって行なわれるものなので、混同してほしくないなと。
—— 両者には明確な違いがあるんですね。
二村 少し前に大学生による少女監禁事件が話題になってたけど、そこで「被害者の側も男に恋してたに違いない」って言う人がいたじゃないですか。僕は、あらゆる妄想は自由であるという考えなんだけど、現実に被害者がいる事件についてまでそんな発言をしちゃうと二次加害になる。そういう人たちは、この『プリティ・ガールズ』を読んで精神を中和するといいんじゃないかな。
—— 著者のミステリー作家カリン・スローターは犯罪についてかなり研究しているそうなんですが、今作のインタビューで、アメリカの若い女性たちが普段どれだけ性犯罪の危険にさらされているかということを描きたかったと言っていました。
二村 重い問題だよね。日本でも男性が加害者である性犯罪がかなり起きてるけど、日本人より男女の体格差がある欧米人だと日本の比じゃないと思う。
絶対悪を描く最新のアメリカンホラー
二村 あと、いちおう本を書いたりコンテンツを作ったり売ったりしてる立場として思ったのは、こういった作品が現在のアメリカの需要なんだなと。カリン・スローターさんは人気のある作家なんですよね。
—— 世界的なベストセラーもある方ですね。
二村 主人公クレアの夫・ポールは成功した建築家で財力も権力もあって、さらに愛妻家という、非の打ち所のない人物だと思われていたけど、じつは別の顔があって……という物語。旦那が何者なのか分からない、その正体は◯◯だったという筋書きは昔からあって、ホラーサスペンスの類型のひとつなんじゃないかな。スティーブン・キングの『シャイニング』でも、何かに取り憑かれてしまった夫が怪物になっていく。その流れの最新版がこの作品だと思います。さらに作中で描かれている経済格差の問題も、アメリカ社会で今リアルに感じられることなんでしょう。
—— それは著者自身も意識してたそうで、アメリカの現状を色濃く反映されていると思います。
二村 描写が実際の世相を反映していて共感できる点が多いのも、人気の要因なんでしょうね。アメリカの主婦がクレアの言動に「わかるわかる!」「私もあんなふうに旦那を……」と共感したり。
—— 女性からすると最後まで読むとかなりスカッとするかもしれません。
二村 最近のアメリカ映画と比較すると、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とか『アナと雪の女王』と同じで女性が活躍する物語ですよね。男性の暴力性に、女が立ち向かう構造。
—— 今作はクレアの夫ポールが突然殺され、偶然彼のパソコンで見つけたビデオが猟奇ポルノだった……という導入から一貫してクレアと姉のリディアの視点になっています。
二村 そこはポリティカリーコレクトネスの問題もあるし、こういう「女が戦う物語」が世の中で求められているということなんだと思います。リディアの彼氏とか、いい奴だけど、結局なにも助けてくれないもんね(笑)。
—— 男性の罪の意識を刺激するところもあると思うんですが、そのことに自覚的な男性からすると逆に痛快に読める気もします。
二村 痛快でしょうね(笑)。現代で成り立つ勧善懲悪的なストーリーって、こういうことになっちゃうのかもしれません。
ポルノと現実を混同させる男たち
二村 ただ、ひとりのヘンタイとして言わせてもらうとですね、有能な建築家であるポールや、脇役の警官、政治家みたいな人たちが、ことごとくサディストっぽく描かれているのが残念だったかな。まあストーリーとしては仕方がないんですけど。実際には大企業の偉い人ってマゾヒストも多いでしょ。
—— そうなんですか(笑)。
二村 マゾだからこそ重責のかかる立場を楽しめているって人、多いですよ。
—— 意外な感じがしますね……。
二村 アグレッシブな起業家には中二病的なサディストも多いけどね(笑)。なんでマゾの話をしたかっていうと、僕は、一人よがりな男のサディストってダサいなぁと思ってるの。男性性とサディズムが結びつくと、この小説みたいにろくなことが起きない。サディストばかりがヘンタイじゃないし、いっそ男がみんなマゾヒストになっちゃえば世の中まるく収まるのになという極論が持論なんです(笑)。
—— SMってなんなんでしょうか? 一般的にはSは加虐的、Mは被虐的と言われますが。
二村 そもそものSMの構造として、一対一の関係において、Sの人がMの人の欲望に応えてあげたいっていう気持ちがないと成立しない。だから、ポールはサディストではあったのかもしれないけど、あの監禁行為っていうのはSMではない。
—— 関係性がなりたっていないわけですね。
二村 SMにも色々あるんだけど、うまくいって長続きする関係は、だいたいMの人が場をコントロールしている。作中に出てくる監禁・拷問のような、一方的で愚かな暴力性とは全然違う。だけど女を支配することにロマンを持ってしまっている無粋なサディスト男性たちがポールのような勘違いを起こしてしまう。
—— なるほど、だからマゾヒストになれと。
二村 性癖ですから「なれ」と言われてなれるもんじゃないんだけどね。でも、先ほど挙げた監禁事件についての流言も同じです。じつは女子中学生のほうも恋心を持ってたんだろって言ってる人は、そこにロマンを見てしまっている。男の身勝手なロマンチシズムのキモさは、そりゃ現実の女性からは怒られるよね。
—— ポールも最後まで自分はクレアに愛されてるんだと思い込んでましたが、男はそういう思い込みをしがちなんでしょうか。
二村 5月に幻冬舎から出す湯山玲子さんとの共著『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』でも述べたんですが、多くの男性は「女性を侮辱する」ことをエンジンにしないと、セックスはおろか恋愛もできないんじゃないかと。男性は女性を侮辱して、女性も侮辱されることを受け入れてしまっている。この構造はなんとかしないといけない。
—— ポールの思い込みも侮辱の一つということですか?
二村 思い込みってただの偏見ですからね。いまだに女性の賃金が低いとか、多くの不倫が既婚男性と独身女性の間でなされるとか、この社会ではそれを「そういうものだ」と思い込んで、いろんな侮辱の構造で男女関係ができてるでしょう。
—— 確かにそうですね。
二村 だんだん皆がそのことに気づきはじめてきた。だからポリティカリィコレクト的に正しい『アナ雪』や『マッドマックス』が作られるようになった。ただ『マッドマックス』には女性の負の側面も描かれている、いろいろ重層的な作品で、やはりこれは一筋縄ではいかない問題です。この『プリティ・ガールズ』はそういう意味では構造がシンプルなので、わかりやすい。
—— とにかく女性がかっこいい作品ですね。
二村 社会派エンタメとしてのギミックを除けば「旦那は会社で何をしているのか、わかったもんじゃない」って話で、それはアメリカの中流上流家庭の妻たちの多くが感じてることだと思うんですよ。もしかしたら妻たちは、みんな旦那を殺したいって無意識に思っているのかもしれない(笑)。
後編は4月29日更新予定!
二村ヒトシ
アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應義塾幼稚舎卒で慶應大学文学部中退。著書に『すべてはモテるためである』(文庫ぎんが堂)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(イースト・プレス)、cakesで大好評連載の鼎談をまとめた『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA ダ・ヴィンチBOOKS)など。5月12日に湯山玲子さんとの共著『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』を発売予定。
公式サイト:nimurahitoshi.net
twitter:@nimurahitoshi / @love_sex_bot