身内ががんになると家族の関係性はどう変わるか?

母・好子の検査手術後、医師から見せられた腹腔内の写真に衝撃を受ける。現実から目を背けたい父と兄は酒場へ消えてしまう。麻酔から目覚めたばかりの不機嫌な母に振り回される私。しかし、母の病気を機に、これまで疎遠だった家族関係が少しずつシフトしている。
「親の死後に後悔しないための20のレッスン」をまとめた書籍『不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと』より、レッスン2を特別公開します。

「これ全部が、がん細胞なんですか?」

 手術の当日。

 母の手術は予定を大幅にオーバーして、日がとっぷり暮れてから終わった。母がまだ麻酔から覚めないうちに医師団との面談があり、父と私、そして後から駆けつけた兄は、腹腔内の写真を見せられた。腹膜というのは内臓を包んでいる大きな膜のことなのだが、表面に小さな黄色い粒が無数に光っているのが見えた。

「これががん細胞です」

 若い女性の執刀医は、写真をテーブルに並べながら説明してくれた。

「あの、この粒々のことですか?」と私。

「そうです」

「あの、これ全部が、がん細胞なんですか?」

「残念ですが、そうです」

「あの、基本的なことで申し訳ないんですけど、普通の人の、つまり健康の人の腹膜って、どんな感じなんでしょう? 普通はこういう粒がないってことですか?」

「そうです。健康であれば腹膜の表面はツルツルしています。川上さんの場合は、1つずつは1mm以下と小さいのですが、こういう小さいものが広範囲にわたって、たくさんあるということです。今後は抗がん剤治療をなさるということですね。治療については今後、主治医のほうから説明がありますから、詳しいことはその際に聞いてください」

 面談室を出た瞬間、軽いめまいを感じた。がんというイメージから、もっと黒っぽいものかと思っていたのに、写真で見たがんの粒はちょっと黄味がかった透明で、ツルツルの腹膜にびっしりと、まるで小さな虫の卵のようにはびこっている。その姿は憎らしいというより、むしろ瑞々しく力強かったことがよけいにショックだった。

 3人とも黙って母の病室に様子を見に行く。母はまだ麻酔から覚めきらないのか、私たちに向かって「大丈夫」と言うように手を上げたものの、うつらうつらしている。

 病室を出ると、兄はいきなり「俺、おやじさんと1杯行くから」と言う。父は私の顔をちらっと見ると、少しきまり悪そうに「じゃあな」というように手を挙げて、兄と連れ立ってエレベーターに乗った。

 あれだけショッキングな写真を見た後で、どう思うかとか、今後どうしようとか、少しは話をしたかったのに、肩すかしを食らったようで、私は唖然というよりはむしろ憮然として男2人を見送った。

 残された私は、母の病室の前を行ったり来たりしていた。目覚めたばかりの母は、かなり不機嫌だ。足のうっ血を防ぐために、シュポッ、シュポッと空気が送られるマッサージ機のようなものを両足に履かされているが、これがきつい、脱がせてくれ、と騒いでいる。

「これ、さっきも痛いって言ったのに、看護師さんが取ってくれないのよ」

「でも、取っちゃダメって言われたんでしょ?」

「ナースコールも押したのに、誰も来ないし。ナースステーションに行って呼んできてよ」

 コールを押したなら待っていれば来るでしょ、と思ったが、怒鳴られるのが嫌だったので、重い足を引きずってナースステーションに出向く。事情を説明すると、看護師さんが一緒に来てくれた。

「足がうっ血すると困るから。つらいけれど一晩は我慢してくださいね」と看護師さん。

「だってキツいのよ」と母はいつまでもごねている。

 病室を出てから、「ごめんなさい、うちの母わがままで。手術の後だから気が立ってるんです」と頭を下げた。

「皆さん、いろいろ不安なんですよ。大丈夫ですから、もうお帰りください。ご心配でしょうけれど、面会時間はもう終わっていますので」

私は「ありがとうございます」と頭を下げた。帰る前に母に挨拶をしようとも思ったが、挨拶に行ったらもっと難題を吹きかけられそうな気がして、こっそりと薄暗い非常口のエレベーターに乗った。

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この連載について

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不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと

川上澄江

末期がんで余命いくばくもないはずの母・好子は、元来強気で治療を諦めようとしない。そんな母を不憫に思う半面、「母を愛していない」と言葉にできる私は冷血漢なのか、と心が揺れる日々。父・真次郎による老々介護は心配だが、母との同居を考えるだけ...もっと読む

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chinaHacca |川上澄江 意外と男性ってこういうの、多いのかな。 うち父がかまってるんだと思ってたけど、細かい事を覚えてるようで覚えてなかったのは、意外だった。 https://t.co/uOpUpDJGNU 4年弱前 replyretweetfavorite

sizukanarudon 川上澄江@silverlining_jp https://t.co/SeCzY01H1R 病気や介護という逆境は、人間関係を再構築するチャンス つらい経験は1人で背負わず、周囲に協力を求める 時には頼ることが、関係性に変化をもたらす 4年弱前 replyretweetfavorite