レッスン2 初めての入院〜逆境という再構築のチャンスをつかむ
その秋、母は最初の入院をした。抗がん剤治療を始めるにあたって、腹腔鏡検査を受けるためだった。全身麻酔をかけておなかに穴を開け、そこからレンズのついた内視鏡を入れて腹腔内を調べるというもので、手術自体は難しいわけではない。ただ、母にとっては初めての手術だったうえ、病気の全容がわからないこともあり、不安も大きかった。
当日、「手術といっても検査のための措置だから、目が覚めたら終わってるよ」と慰めると、母は手術そのものよりも、前日から入院してご飯が食べられないことのほうが不満だったらしく、「ただでさえ痩せちゃったのに、ご飯も食べられないんじゃ、体がもたないわ」とプリプリしていた。
手術の間、家族は病院から支給されるPHSを持って院内に待機するよう、事前に説明されていた。父には「どうせ何時間も待たされるんだから、後から来たっていいよ。私が行くから」と言っておいた。疲れている父を、少しでも休ませてあげたかったのだ。
手術の時間が近づいていたが、まだ父は病室に到着していなかった。
「遅れて来るのかもよ。どうせ待たされるから後からでもいいよって言っといたから」
と伝えたが、母はソワソワして落ち着かない。口では「全然平気よ」と言っていたくせに、やはり怖いのかもしれない。
結局、父は時間ぎりぎりに到着。母は「なんでこんなに遅いのよ」と小言を言っている。
時間になって、看護師さんが迎えに来た。
「手術室がある階にはご家族は入れませんから、お見送りはエレベーターまでということで、お願いしますね」
エレベーターに着くと、車椅子に乗せられた母は神妙な顔で「それじゃあ、行ってきますよ」と父の手を両手でがっちりと握りしめた。それから、今度は私の手をしっかりと握ると、「じゃあね、澄江。行ってくるわよ!」と腕がもぎ取れるかと思うほど、力強く上下に振った。なるほど、見送られたかったのか……。強気に見えて、内心は怖かったのかもしれない。
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