両親が少しずつ衰えてきたと気づいた瞬間

原発性腹膜がんと診断され、検査手術を受けることになった母・好子。待ち時間に、父と久しぶりに2人きりで話をしたものの、父はどこまで母の病状を理解しているのか。耳が遠くなり物忘れも激しい父、おなかに穴を開ける母。両親の老いがヒタヒタと忍び寄る――。
「親の死後に後悔しないための20のレッスン」をまとめた書籍『不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと』より、レッスン2を特別公開します。

レッスン2 初めての入院〜逆境という再構築のチャンスをつかむ

 その秋、母は最初の入院をした。抗がん剤治療を始めるにあたって、腹腔鏡検査を受けるためだった。全身麻酔をかけておなかに穴を開け、そこからレンズのついた内視鏡を入れて腹腔内を調べるというもので、手術自体は難しいわけではない。ただ、母にとっては初めての手術だったうえ、病気の全容がわからないこともあり、不安も大きかった。

 当日、「手術といっても検査のための措置だから、目が覚めたら終わってるよ」と慰めると、母は手術そのものよりも、前日から入院してご飯が食べられないことのほうが不満だったらしく、「ただでさえ痩せちゃったのに、ご飯も食べられないんじゃ、体がもたないわ」とプリプリしていた。

 手術の間、家族は病院から支給されるPHSを持って院内に待機するよう、事前に説明されていた。父には「どうせ何時間も待たされるんだから、後から来たっていいよ。私が行くから」と言っておいた。疲れている父を、少しでも休ませてあげたかったのだ。

 手術の時間が近づいていたが、まだ父は病室に到着していなかった。

「遅れて来るのかもよ。どうせ待たされるから後からでもいいよって言っといたから」

と伝えたが、母はソワソワして落ち着かない。口では「全然平気よ」と言っていたくせに、やはり怖いのかもしれない。

 結局、父は時間ぎりぎりに到着。母は「なんでこんなに遅いのよ」と小言を言っている。

 時間になって、看護師さんが迎えに来た。

「手術室がある階にはご家族は入れませんから、お見送りはエレベーターまでということで、お願いしますね」

 エレベーターに着くと、車椅子に乗せられた母は神妙な顔で「それじゃあ、行ってきますよ」と父の手を両手でがっちりと握りしめた。それから、今度は私の手をしっかりと握ると、「じゃあね、澄江。行ってくるわよ!」と腕がもぎ取れるかと思うほど、力強く上下に振った。なるほど、見送られたかったのか……。強気に見えて、内心は怖かったのかもしれない。

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この連載について

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不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと

川上澄江

末期がんで余命いくばくもないはずの母・好子は、元来強気で治療を諦めようとしない。そんな母を不憫に思う半面、「母を愛していない」と言葉にできる私は冷血漢なのか、と心が揺れる日々。父・真次郎による老々介護は心配だが、母との同居を考えるだけ...もっと読む

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sizukanarudon 川上澄江@silverlining_jp https://t.co/PxjQPvIZkd 両親が少しずつ衰えている。 それはショッキングな現実だった。 年齢を考えれば年老いて当然なのだが、自分の親となると実感が湧かないということか。 約4年前 replyretweetfavorite