左:片瀬チヲルさん、右:九龍ジョーさん
歌舞伎は様々な入り口からハマれる
片瀬チヲル(以下、片瀬) 私が初めて歌舞伎を観たのは大学を卒業したてのころでした。江戸の要素が入ったファンタジーを書いてみたいと思って、落語を聴いたりしていて、その延長で歌舞伎を観に行きました。
九龍ジョー(以下、九龍) 作家としての関心だったんですね。初めて観た時はどうでした?
片瀬 その時はそんなにハマらなかったんですよ。雰囲気は楽しめたんですけど、歌舞伎の良さみたいなものはわからなくて。でも、これだけ長い間評価されているものだし、おもしろさがわからないのは私がまだ理解できてないだけで、何回か観てたらおもしろくなってくるのかもしれないし、もっと良い席だったら違ってみえるのかも、とか、演目が合わなかったのかな、役者さんもたくさんいるしな、と思って、その後も時々歌舞伎を観に行ったんです。それで何回目かで歌舞伎を観た時に海老蔵に出会いました。あれは夏の歌舞伎座で……。
九龍 海老蔵というスターと出会って一気に虜になったと。片瀬さんは、いまや市川團十郎後援会にも入会したんでしょ?
片瀬 はい!(力強く)
九龍 今、「お〜いお茶」を飲んでるのも……?
片瀬 もちろん海老蔵さんの影響です(キッパリ)。実は伊藤園の世界遺産キャンペーンっていうのがあって、「お〜いお茶」を飲んでシールを集めたら、抽選で海老蔵とのお茶会に出られる! っていうので毎日飲んでるんですが……当たりません。
九龍 海老蔵が好きなのはよくわかりました(笑)。
片瀬 海老蔵は本当にスターなんですよ! 毎日呼吸するかのようにアメブロを更新していて、自撮りを山ほどあげてるんです。若者向けのSNOWって自撮りアプリでこんな風に加工した動画まで……。可愛すぎませんか。
海老蔵ブログ「さ!お仕事へ」より
妻の麻央さんの誕生日には抱えきれないほどのバラをプレゼントしたりとか、リアル王子様だ! って思いました。海老蔵はインスタグラムもやってるんですが、そっちには篠山紀信さんが撮った舞台写真もあがってたりしてて、よかったらこれ見てください!(無断転載禁止なので、読者の方はぜひリンク先を参照ください!)
九龍 そんなに海老蔵ブログやインスタの話をされると、みっくんこと、坂東巳之助のポップカルチャー満載のブログについても語りたくなるなぁ。
片瀬 ぜひ語ってください(笑)。
九龍 以前、海老蔵がみっくんブログを自分のブログで紹介したことがあるんだけど、それがおもしろくて。冒頭に「後輩のブログです。許可もらいまして笑」って書いてるので、巳之助本人にわざわざ許可をとったみたいなんだけど、ただスマホのスクリーンショットが貼ってあるだけなの。おまけに、「後輩まつや(松也)くんよりすごい」ってタイトルで、巳之助の「み」の字も書いてない(笑)。
海老蔵ブログ「歌舞伎界の後輩まつやくんよりすごい」より
片瀬 スターはいちいちURLをコピペしたりしませんから(笑)。ところで九龍さんが歌舞伎にはまったきっかけも教えてください。
九龍 僕は主にポップカルチャーと言われるような映画や音楽、漫画、小説……いろいろ好きなんですけど、わりとその中で演劇っていうのも大きくて、歌舞伎はたまに観ていたんです。ただ、ここ数年、関心が加速したきっかけは、「女装」経由だったんですよね。
片瀬 女装ですか? 男の娘とか?
九龍 そう、2000年代後半ぐらいから女装の新しい潮流が生まれてて、パーティとかもよく行ってたんです。
片瀬 私も一時期、興味がありました。
九龍 こないだクローズしちゃったけど、「プロパガンダ」とかね。でも、よく考えたら「男が女を装う」、あるいはその逆でもいいですけど、そういう異性装って、演劇だと古くからよく見られる設定なんですよ。シェイクスピアにだって男女の取り違えがよく出てくるし、白拍子みたいな芸能だってある。そもそも、セクシャリティと社会的役割としてのジェンダーの間に「演じる」っていう要素があるわけで、男だって「男」を演じるし、女だって「女」を演じる。しかもいま、セクシャリティに関しては、「男/女」と割り切れない、それこそ人の数だけ性別があるような状況が可視化されつつありますよね。そんなことを考えているうちに、歌舞伎の女形に強烈に惹かれるようになったんですよね。
片瀬 具体的に誰、とかありますか?
九龍 入り口は中村七之助ですね。2013年に明治座の花形歌舞伎で観た『
※アウトローな男・与三郎と、お金持ちの妾で美しいお富の恋物語。不貞がバレた時に与三郎が三十四箇所の刀傷を受ける場面が有名。最終的に、与三郎とお富が結ばれてハッピーエンドとなる。
片瀬 素敵な体験ですね。
九龍 歌舞伎って、観る前にまずあらすじを勉強しようと思うと、かえって混乱してしまうケースが少なくないと思うんですよ。同じ役なのに「○○だけど、正体は××」みたいな感じが続く、複雑なストーリーも多い。それに、近代的なドラマの理屈で人物の感情を追っていくと「なんでそうなるの!?」みたいなこともけっこうある。でも「一目惚れで放心して、羽織を落とす」っていう約束事は、説明がなくてもわかるじゃないですか。「ああ、あらすじは複雑でも、瞬間瞬間の感情は輪郭がくっきりしていて、心地いいな」っていうのを、そのとき思ったんです。
片瀬 それは様式美ということにもつながりますね。
九龍 そう、瞬間の美しさ。ちょうどその翌月に歌舞伎座で『
※曽我兄弟が父親の仇である工藤祐経と出会う、という一場面だけを丁寧に描くとてもシンプルな話。
片瀬 それは観たかったです!
物語が単純だからこそ、自分のものにしやすい
九龍 片瀬さんは、作家として、歌舞伎の物語にはどんなおもしろさを感じますか?
片瀬 歌舞伎の物語のおもしろさって、海外ドラマみたいなもののおもしろさとはまた違いますよね。「この先どうなっちゃうの!?」というハラハラ感が強いわけでも、物語に秘められている重大な謎が気になるわけでもないのに、綺麗だなー、って観てしまう。演出の問題もあるんだと思うんですけど、凝った話の筋じゃなくても楽しいんです。
九龍 ネタバレとかじゃないもんね。筋がわかってても、何度観てもおもしろい。
片瀬 なので、リラックスして観てられます。歌舞伎ってバリバリに伏線を張ってる物語じゃないから、途中で少し居眠りしても大丈夫ですよね。わたしは海老蔵がいないと眠くなる時もあって……。
九龍 たしかにウトウトしてしまうことはよくある(笑)。さっきも言ったけど、複雑な筋の場合でも、その瞬間は「怒ってますよ」とか、「悲しんでますよ」っていうのがはっきりしていますよね。すると、場面ごとの人物の関係や感情が単純化されているがゆえに、かえって自分の過去の記憶とか、目下、気がかりなことなどと、舞台上で起こっていることとが、リンクしやすいんですよね。「この状況、あるわ~」みたいな。
片瀬 時代を超えて共感できるという。
九龍 これが、すごく複雑な感情が詰め込まれてるものだと、受け手はある程度その物語の中に没入しないといけなかったりするんだけど、歌舞伎の場合は、ちょっと引いた目線というか、客観的に観ることを許してくれる感じがある。
片瀬 余白は自分のものにしちゃえるんですね。
九龍 だから、例えば上司と何かトラブっているような会社員が舞台をボーっと眺めてたら、「せまじきものは宮仕え」って台詞[※]にぶつかって、「あるある!」みたいな(笑)。
※『菅原伝授手習鑑』の寺子屋の段に出てくる有名な台詞。主人への忠義を尽くすために、理不尽な運命に耐える源蔵という男がつぶやく。
歌舞伎とラップは似ている?
片瀬 台詞で言うと、有名な「知らざあ言って聞かせやしょう」とかも、どこかで使ってみたいんですよね。今年一月、初春歌舞伎で海老蔵が演じてるのを観て、待ってましたーっ!ってなりました。
九龍 「
※セコい強請りやタカりを繰り返し、世間を賑わせている五人の盗賊の物語『白浪五人男』の中で、弁天小僧が活躍する話。綺麗な娘に変装した弁天小僧が呉服屋を揺するも正体がバレて、くだんの台詞となる。
片瀬 口ずさみたくなりますよね。TOKONA-Xという方のラップの曲のタイトルにもありました。「知らざあ言って聞かせやSHOW」って。
九龍 僕も以前、ラップと白波五人男についての原稿を書いたことがあるんですけど、たしかにラップと近いんですよ。五人が、それぞれどこで生まれて、どんな悪さをしてきたかを七五調に盛りこんで語るツラネなんて、まさにレペゼンだし、マイクリレーだし、形式だけ見れば、ほとんどラップに接近してる。そうだ、2014年にコクーン歌舞伎でやった中村勘九郎・七之助・尾上松也の「
※女装して盗みをしている「お嬢吉三」、元侍で今は盗賊の「お坊吉三」、刺青を入れた不良和尚「和尚吉三」、同じ名前を持つ三人の吉三は兄弟のちぎりを結ぶが、様々な運命のいたずらに翻弄されて最後には三人互いに刺し違える。
Bunkamura公式HPより
片瀬 むちゃくちゃいまっぽい! 真ん中にいる勘九郎さんの眉毛が薄いところとか最高ですね!
九龍 いまどきの輩っぽいでしょ? 舞台ではちゃんと歌舞伎衣装なんだけど、宣伝のキービジュアルはこれなんですよ。で、「三人吉三」に描かれている世界って、実際、こういうことだと思うんですよね。黙阿弥がこの作品を書いた時期って明治維新間近で、黒船は来るわ、疫病は流行るわ、いま以上に政治・経済が混乱している時期で、庶民にとっちゃもう大変なわけですよ。そんな中、ゆすりやたかりでしのいでる持たざる若者たちが、白波五人男ってクルーを組んで、でも最後はけっきょく権力に押しつぶされてしまうっていう。そのとっつかまる最後ですよ、五人それぞれがキレのあるリズムに乗せて、自分が何者であるかを、やってきた悪事とともに語り上げるっていう。これって完全にいまに通じる話だと思うんです。
片瀬 私は三人吉三の三人に対しては憧れの気持ちが強いですね。最近フリースタイルダンジョンとか観てても思うんですけど、三人吉三やラップって、貧乏なこととか辛い環境で育ったこととか、苦労を隠さないけど、弱音は吐かないじゃないですか。「互いに苦しいことがあるのはわかってるけどお前には負けねえ。おれは生きて行くぜ」っていう感じがすごいかっこ良くて。気高いですよね。
九龍 確かに、歌舞伎には現代のドラマじゃ「さすがにこれはダメでしょ」っていうような悪いやつが出てくる演目も多いけど、そんな悪役でも、色気があったり、かっこいいんですよね。
片瀬 たとえばどんな悪役がいますか?
九龍 いま歌舞伎座の四月大歌舞伎でやってる「
歌舞伎座公式HPより
片瀬 ダメ男の役、海老蔵のバージョンも観たいなぁ。海老蔵は何をやってもかっこいいから……。
九龍 まだ第一回目だけど、片瀬さん「海老蔵」って言うの何回目?(笑)
(次回に続く)