町田康 前編「あきれるほどたくさんのどうでもいい問題が、くだらんほど切実だったりする」

パンクロッカーとしてデビュー後、小説を発表し、芥川賞、川端康成賞、谷崎潤一郎賞など、数々の賞を受賞。その自由で独特な文体に、熱狂的な読者が多い町田康さん。今回は自宅のリフォームについて書き記した、なんともおかしみにあふれた最新エッセイ『リフォームの爆発』を入り口にお話を伺いました。人間の生活に横たわる文学的な諸問題に町田さんはどのように向かい合ったのでしょうか。


さあそこでリフォームの現実を見ていこう。呆れるほど克明に見ていこう。

『リフォームの爆発』より

六本木のカフェで町田康さんと待ち合わせたわたしたちは、落ち合うとまず「ではお飲み物などを……」と一同、メニューに目を落とした。

熟考していると、町田さんが一番に注文の口火を切った。

「ラテン……、やっぱりラテンやね」

コーヒー専門店だったので、モカ、キリマンジャロなどなど、たくさんの種類があるなか、おすすめとして挙げられていたのが「ラテンブレンド」なるものだったのだ。
ほんのすこし力を込めて、町田さんが「ラテン」とつぶやいたとたん、みなが一斉に破顔した。注文を決めただけだというのに。そのひとことが、何やら妙におかしい。

ああ、このおかしみは、町田さんの生み出す作品とどこか通ずるものがある。そう感じた。

 いや、わざとおもしろく言ってやろうなんてしていませんよ、もちろん。でもそういうのは、なんでしょうね。言い方とかリズムとか、そこに込めた気持ちみたいなものですかね。

 メニューを見て、さらっと「じゃあラテンで」といえばそのまま流れるけど、そこで世の中にとってのラテンというのはどんなイメージだろうとか、あれこれ考えてひとこと言うとずいぶん響きが違ってきちゃう。おもしろさってそういうことですよね。

 ラテンという言葉自体がおもしろいというよりは、言い方とか、そこに込める意味や思いの問題。だからやっぱり、ライブで生まれてくるもののほうが、おもしろいということなんじゃないですか。

言葉や文章のおもしろさは、その言葉が指し示す表面的な内容よりも、そこに含まれているものの豊かさで決まってくるのかもしれない。では豊かなものが含まれている言葉とはどんなものかといえば、ひとつの目印としては、快い語り口かどうか。

町田さんが発する「やっぱりラテンやね」というひとことには、そこはかとなく漂い出る味わいと絶妙なタイミングのよさがあって、同じように言葉を発することはなかなかできない。きっと、町田さんの文章も、同じようなしくみでできあがっているんじゃないか。

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山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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コメント

camelletgo |山内宏泰 − cakes https://t.co/E9KL5ScntQ 1年以上前 replyretweetfavorite

mireih 「魂の問題とか、人を好きになること、親子の関係……。人間としての、または文学上の問題はいろいろありますが、それらはけっこうリフォームによって解決できるんじゃないかとの予想にもとづいて書いたものです」 1年以上前 replyretweetfavorite

u5u 町田「言葉自体がおもしろいというよりは、言い方とか、そこに込める意味や思いの問題。だからやっぱり、ライブで生まれてくるもののほうが、おもしろい」 1年以上前 replyretweetfavorite