​『スポットライト 世紀のスクープ』 すり替えられた言葉、見落とされたメッセージ

アカデミー賞の作品賞と脚本賞に輝いた『スポットライト 世紀のスクープ』。社会の暗部の存在と、それに対峙することの難しさ、そして重要性が物語を通して描かれる力作です。本作からブロガーの伊藤聡さんは、何を読み取ったのでしょうか?

『スポットライト 世紀のスクープ』は、神父による児童への性的虐待をテーマにしたアメリカ映画である。重い題材ながら、第88回アカデミー賞の作品賞に選ばれた。宗教国家アメリカにおいて、もっとも巨大な権力のひとつであるカトリック教会。その暗部を題材とする勇気に感服させられると同時に、本作がアカデミー賞の作品賞、脚本賞に選ばれた風通しのよさ、健全さに驚かされた。

2001年夏のマサチューセッツ州から物語は始まる。ボストンにおいて最大の部数を発刊する新聞、ボストン・グローブ紙。彼らは、意欲的な新編集長の指揮のもと、地元出身者がタブー視し、まともに取材してこなかった神父による性的虐待を本格的に取材し始める。被害者、弁護士、心理療法士などから聞き取りを続けていくなかで、取材チームは、教会による組織ぐるみの事件隠蔽に突き当たる。監督は、『扉をたたく人』(’07)のトム・マッカーシー。

なぜ、神父の違法行為は長年に渡って黙認されてきたのか。地元の警察であっても手出しできず、多くの人は事実を知りつつも口を閉ざしてきた。その謎に迫る過程で提示されるいくつかのヒントに、観客はなるほどと唸らずにはいられない。まず何より印象的なのは言葉のすり替えだろう。神父による強姦は、さまざまな言葉に置き換えられる。被害者は、「いたずら(molest)」「虐待(abuse)」といった言葉で行為を抽象化し、加害者の神父は「ふざける(fool around)」と弁解する。いずれの場合も、具体的な行為に言及しようとすると、どうしても心理的な抵抗が働いてしまうのだ。

記者は被害者に会って取材を行うが、彼らはいったいどのように強姦されたのか、実際の行為を具体的に説明できない。「こういう場合、言葉がとても重要なの。事実をやわらげてはいけないし、『いたずら』では不十分よ。何があったかを正確に伝えなくてはいけない」と女性記者サーシャは強調する。同様に、問題を起こした神父を別の地区へ転属させる際に用いる教会側の口実もまた、巧妙な置き換えの連続だ。病気休暇(sick leave)、休職中(unassigned)、緊急対応(emergency response)。こうした言い回しによって、事実はねじまげられてしまう。かくして、加害者、被害者が揃って言葉の置き換えを行ってきた経緯が提示される。ゆえに事実は隠蔽されてしまっていた。

また、重要なメッセージはすでに到着していた、というモチーフにもみごとな説得力がある。記者が被害者団体の男性と会い、神父の犯罪行為についてインタビューを行うくだり。大量の資料を手元に置いて説明を行う男性は、やがて苛立ちを隠せず「これらの資料はすべて5年前に送ってある」という。新聞社は、被害者団体から神父の虐待に関する情報を大量に受け取りながら、それを放置し、記事にしていなかったのだ。

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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コメント

raychellfall https://t.co/QujAH7FzWE ずっとみたいと思ってた 映画。 すごかった。 何がすごいって宗教大国のアメリカで こうゆう作品が賞をとると言う事 風とうしのよさ...。 約4年前 replyretweetfavorite

s_1wk さっきのは映画『スポットライト 世紀のスクープ』に出てくるセリフです。 https://t.co/bCXJSOkVI9 約4年前 replyretweetfavorite

Castella_Bangla レビューをもう一つ 約4年前 replyretweetfavorite

campintheair 私の書いた『スポットライト 世紀のスクープ』評、cakesにて公開中ですのでぜひご一読を。「見えているのに、見えていないかのようにふるまう」行為が、意識的に、もしくは無意識に行われるのはなぜか、がテーマです。とてもいい映画です。 https://t.co/HL0mJ64XNI 約4年前 replyretweetfavorite