生きがい」はひとりひとり自分の中に

都会暮らしをする独身アラフォー女子を描いた『すーちゃん』シリーズをはじめ、女性の細やかな心情を描き続ける漫画家の益田ミリさん。そんな益田さんが今年新たに書下ろした新作『きみの隣りで』は、森のなかで、自然と触れ合いながら飄々と暮らすアラフォー女性・早川さんが描かれています。益田ミリさんの新たなる代表作との呼び声も高い本作について、ご本人に伺いました。

「美しい物語」を描きたくて、一週間で描き上げた『きみの隣りで』

 2009年に都会から森のなかへ移り住んだ女性・早川さんを描いた前作『週末、森で』。その続編となる『きみの隣りで』は、5年間のブランクを経て、一気に描き下ろしされたそうですね。どのくらいの期間で書き上げたんですか?

益田ミリ(以下、益田) ネーム自体は、一週間で書き上げましたね。

 一週間! 短期間ですね。5年間にため込んでいたものが、一気に湧き出てくる感じだったんでしょうか。

益田 そうですね。描き始めたら、わっと溢れてきたんです。物語の大きなテーマはもちろんあったのですが、細かい構成は決めずに描き始めました。森で暮らす早川さんと、都会で暮らすその友達のまゆみちゃんとせっちゃんという3人の大人の女性を登場人物にしようというのは考えてました。


『きみの隣りで』P4より

 いつもそういうペースでかかれているんですか?

益田 普段はこういう描き方はしないんですけれども、この作品に関しては、一週間、毎日この作品のことだけを考え続けて描いた、という珍しいパターンです。
 とにかく私自身が、主人公である早川さんに早く会いたくなってしまって。「早く、早川さんたちのいる森へ行きたい!」という気持ちでした。

 いままで益田さんは代表作の『すーちゃん』シリーズなどでは、都会のなかで一生懸命生きていく女性の姿を描かれていたと思います。この早川さんシリーズでは、ある意味、すーちゃんとは真逆の生き方をしている、森のなかで伸び伸びと暮らす女性を描いたのはなぜでしょう?

益田 私、すごく疲れてたんですよ(笑)。

 え、そうなんですか?

益田 ほら、生きていると、本当にいろんなことがあって、それに対して落ち込んだり、くさくさしたりすることがあるじゃないですか? 前作の「週末、森で」を描いときも、疲れたなぁ、森で静かに暮らす人の物語を描きたいなぁというのがきっかけで、今回も、そういう意味では似ていると思います。すごく疲れていて、「なにか美しいもの」が描きたかったんです。

 なるほど。描きながら、ご自身の心も癒されていくような……。

益田 そうですね。描きながら「森に行きたい!」と。ご覧のとおり、私の絵はすごくシンプルなのですが、この漫画を描いているときは、自分自身には不思議と立体的に見えました。森の奥行きや、木々の揺れ、風や香りが感じられるような気持ちになっていました。

同じ空でも、見る人によって感じることはきっと違う

 『すーちゃん』をはじめ、いままでの作品は、日常で「そうそう、あるよね」という共感できるシチュエーションがすごく盛り込まれていたと思うのですが、今回はそれよりも、「自然」を通じて人間のあり方を思わせるようなエピソードがすごく多かった気がしました。

益田 そうですね。

 たとえば、「種」というキーワードにしても、「山火事でしか飛べない種がある」「親木の下にばかり種が落ちても、育たない」とか、種の多様なあり方を通じて人間はいろんな生き方をしていいんだな、と登場人物のみんなが納得していきますよね。


『きみの隣りで』P88-89より

益田 自然の物語って、本当におもしろいですよね。私が自分で生み出す物語よりも、自然の物語のほうがおもしろいと思います。

 益田さんご自身もよく森にはいかれるんですか?

益田 私自身は都会に住んでいて、普段、木々に触れ合うことはないんです。でも、『週末、森で』を描き始めたときに、カルチャースクールで森に関する講座に通うようになって。今でも年に3~4回行っています。そこで、教えてもらった話や、誰かが言った言葉で「いいな」と思ったものを、専用のノートに書きためています。私は「森ノート」って呼んでいるんですが。

 ご自身が森に行ったときの体験が、今作に活かされているんですね。

益田 そうですね。ただ、意外と「作品に役立てよう」と思って、とったメモや写真よりも、森の中を歩いているときに、誰かがふといった何気ない一言を使うことのほうが多いんですよね。
 たとえば、先生が「飛行機雲が見える日と見えない日の空にはこういう違いがある」っていう話をしてくれたとしますよね。その科学的な違いについては忘れてしまうけど、「空を見るときにそういうことを考えている人がいる」っていうことは、「なんかいいなぁ」と心に残っていたり。

 ああ、そうやって切り取る小さな、何気ない一コマが、親しみ深く読み手にも伝わってきます。

益田 ありがとうございます。ただ、いまだになかなか木の名前を覚えられなかったりするんですけれども(笑)。

自分の作品を描きながら、泣いてしまった

 今回の作品では、前作では独身だった早川さんがいつの間にか結婚して、こどもがいますね。

益田 私も描きながらびっくりしました。「早川さんに、こどもがいた!」って。

 もしかして、実際に描き始めるまでは決まってなかったんですか?

益田 机に向かうまでは、早川さんが結婚していること自体も、決まってなかったというか。なのに、1ページ目から彼女のこどもが出てきた(笑)

 では、描きながら自然とこどもが出てきたんですね。不思議ですね……。

益田 そうですね。ただ、今回、家族やこどももいるけれど、ひとりの女の人でもある、というところも描きたいなと思っていたので、自然とこどもが出てきたのだと思います。

 普段、益田さんは作品をつくるときって、どうやって描かれているんですか?

益田 私の場合、一冊一冊に自分なりのテーマを設定するんです。

 おお、たとえば『すーちゃん』シリーズだとどういったものなのですか?

益田 最初のシーズンのテーマは、「よりよく正しく生きるにはどうしたらいいんだろう?」っていうことでした。当時、私は33~34歳くらいだったんですが、「これからの人生を、本当に陰りなく生きたい」っていう気持ちが強かったんです。

 なるほど。すーちゃんは、いつももやもやを乗り越えて前向きに生きようとしてますものね。

益田 あと、前作『週末、森へ』の場合は、早川さんの友達の「せっちゃん」という女性が、「自分のなかには木になるだけの種、木になるだけのものが入ってないんじゃないか」と思い悩むところがあるんです。気弱になったときなどは、特にそう感じたので、これが、大きなテーマになっていますね。

 人間にとっては切実な悩みですね。今回の『きみの隣りで』では、どんなテーマだったんですか?

益田 今回でいうと、早川さんの友達のまゆみちゃんが、「自分がこの世界にいる役割って本当にあるんだろうか」と悩む瞬間があるんです。
 私自身も、ふとしたときに思うことがあったので、ひょっとしたらみんなもこういう風に考えることがあるんじゃないか、と思って。そのような「みんなが感じていそうな疑問」をいくつかの柱にして、ストーリーを作っていきます。

 たしかに日常の中で、誰もが哲学者になる瞬間が描かれていて、ドキッとさせられます。

『きみの隣りで』P106より

 今作はすごく「こどもと親」というテーマにも、深く切り込んでいる気がしました。たとえば、小学校の先生である高木先生も悩んでいますね。

益田 人は巣立っていく力を備えている、ということを描きたかったのですが、高木先生の存在で、より多面的なシーンを作ることができました。

 彼女は独身で小学校の教師をしているなか、お母さんから「結婚しなさい」「お見合いしなさい」とかいろいろ心配されているんですおね。そこで、彼女も親の期待に応えるべきなのか、自分の思う人生を歩むべきなのか、すごく迷っている姿が、すごくリアルでした。

益田 最後に、高木先生が、お母さんに勧められたお見合いを断る際、「そんなこと言って 傷つくのは結局、ヒナちゃんなのよ」というのに対して、「いいんだ、傷ついても 傷ついたって生きていける」という言うシーンがあるんですが、これを描いているときには、もう涙があふれてしまって。泣きながら、漫画を描きました。

 この作品の山場のひとつですよね。すごく素敵でした。

益田 あとは、そうですね、この漫画では、「生きがい」という言葉についても深く考えました。

 そうかもしれないですね。益田さんご自身にとっての、生きがいってなんでしょう?

益田 いやぁ、一言ではなかなか……。ここでうかつなことをいうと、「調子に乗ってあんなことを言ってしまった」という後悔のあまり、頭を抱えて眠れなくなってしまうと思います。「あなたにとって○○とは?」っていう質問は、やっぱりなかなか答えづらいですよね(笑)

 たしかに、生きがいとか夢とか聞かれても、やはりぼんやりしちゃいますよね。

益田 フフフ、そうですよね。本当のところは言葉にしづらいものだと思うんですけれども、やっぱり「それじゃない具体的なもの」を求められてしまうので、困りますね。

 では、仙人みたいな早川さんの生きがいって、なんなんでしょうね?

益田 そうですね、それもまた、ひとことでは表現できないと思います。むしろ、ひとことで言えてしまえたら、窮屈さを感じるかもしれませんね、その現状に。

 作品の最後に早川さんが、泣くシーンがありますね。そちらについては、後編でお伺いさせてください。


次回「美しい世界に別れを告げて、いつか死ぬ自分について考える」4/28更新予定

構成:藤村はるな

シリーズ累計60万突破の四コマ漫画「すーちゃん」から 10年。益田ミリの新たな代表作の誕生。

きみの隣りで

益田 ミリ
幻冬舎
2016-03-17

この連載について

漫画家・益田ミリインタビュー「人生を、陰りなく生きるには」

益田ミリ

都会暮らしをする独身アラフォー女子を描いた『すーちゃん』シリーズをはじめ、女性の細やかな心情を描き続ける漫画家の益田ミリさん。そんな益田さんが今年新たに書下ろした新作『きみの隣りで』は、森のなかで、自然と触れ合いながら飄々と暮らすアラ...もっと読む

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コメント

katou_sae シェアしとこ 4年弱前 replyretweetfavorite

mmmmmariiii すーちゃんシリーズが大好き。いつか益田さんにもお会いしてみたい… 約4年前 replyretweetfavorite

Big_Island__ シリーズ累計60万突破の四コマ漫画「すーちゃん」から 10年。益田ミリの新たな代表作の誕生。 約4年前 replyretweetfavorite

suguruko ”期待は、期待 種本人には関係ないですヨ 離れていくことからでしか 世界は広がらないのだし" そうそう。 約4年前 replyretweetfavorite