私は母のことを、愛していないのだ

3か月にわたる検査の結果、母・好子の病は「原発性腹膜がん」と診断された。母は「化学療法でがんを制してみせる」と超ポジティブだが、そんな態度を疎ましく思う私は冷血漢なのだろうか……。自己嫌悪に陥る私を救ってくれた、友人のひと言とは?
「親の死後に後悔しないための20のレッスン」をまとめた書籍『不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと』より、レッスン1を特別公開します。

がん宣告されてもポジティブな母が疎ましい

 秋は終わり、冬になろうとしていた。検査が終わり、ついに「原発性腹膜がんと乳がんが別々に起こったダブルキャンサー(種類の違うがんが一緒に発病すること)」という診断が下った。

 主治医は母に言わせれば「人間的にもできた先生」だった。いつも和やかに話を聞き、「先生、胃がきゅーきゅーする」と母が言うと、カルテに「腹部膨満感」と書き留めてから、「それじゃ、ちょっと診てみましょうか?」と腹部に聴診器を当ててくれる。最近では聴診器を使う専門医は少なくなったと聞くが、聴診器を当ててもらうだけで母は「診てもらった」と安心するようだ。

 この日もひととおりの診察を済ませてから、医師は「ステージは少なくとも三期です。『根治』は難しいかもしれませんね……」と言った。

「こんち、ですか?」

 私はメモから目を離し、頭を上げる。

「根絶の根に治る、です。つまり、がんを100%やっつけるのは難しいかもしれない、ということです」

 医師は、母から視線をそらさず、説明を続ける。

「でも、ひとまず抗がん剤治療をがんばって、小さくなったら手術ができるかもしれませんよ。乳がんについては、担当医から説明があると思いますが、ごく初期の段階です」

 どんなにつらい状況でも、希望の灯がともれば乗り越えようという意志が芽生えるものらしい。「完全に治らなくても手術はできるかもしれない」という希望の灯が母の胸にともった。抗がん剤治療には副作用がある。まずは吐き気、そして髪が抜ける、抵抗力が下がる、下手をすれば白血球が減り、治療が続けられないこともあるという。

 それでも母は「先生、もちろん治療します」と目を輝かせた。母は高齢のため、普通は3週間に1回投与する抗がん剤を、3分の1ずつに分けて毎週投与することになった。

 母の目が希望で輝き始めた頃、私の心は強力な負の圧力に押しつぶされそうになっていた。 母は涙1つ見せず、絶対に治してやる、がんを制してみせる、と必死に立ち向かっている。なのに私ときたら、超ポジティブな母についていけず、ストレスの連続だった。

 そう、どんな逆境でも自分の意志を貫こうとする(それが周りの人間にとって迷惑だったとしても)母の超ポジティブな態度が疎ましいのだ。

 母は近い将来に死ぬかもしれない。ステージは少なくとも三期、しかも「根治しない」ということは、遅かれ早かれそういう日が来るということではないか。今は元気だけれど、いずれ体力が弱ってきたら、やはり私が面倒をみるしか方法はないのだろうか?

 幸い1人娘の杏はその春、1人暮らしを始め、私自身も晴れて「1人者」になったばかりだった。現在はフリーランスのライター・翻訳者で、テレビ局のニュース翻訳や、雑誌や企業の広報誌向けのインタビュー記事を書いている。多少仕事を減らさなければならないにせよ、母や父と同居しても、仕事を続けることはできる。

 しかし、24時間以上母と2人でいるのは、絶対に無理だ。いつも最後はケンカになる。母はゴリ押しで意見を通そうとするし、人の心に土足で侵入する。

 そんな母を私は……愛していないのだ。

 この気づきに、私は愕然とした。「母親を愛していない」と言葉にできる自分は冷血漢なのではないか。「ウザい母」ではあるけれど、私たち子どもを愛していないわけでは決してない。大きな声では言えないが、この年になっても時々お小遣いをくれたりもする。江戸っ子なので人一倍気前がよいのだ。

 お金だけではない。どんなに仕事が忙しくても、子どもがピンチに陥ったら、何をおいても駆けつけるという姿勢は、幼い頃から徹底していた。ああでもない、こうでもないと小言を言うわりには、 母は私たち3人の兄妹をきちんと育ててくれたのだ。

 それなのに、手放しで母を愛していると言えない自分が情けない。悪いが一緒に住むなんてあり得ない。

 この時期、困惑している私に、周囲は優しく接してくれた。

 「母ががんなの。こ、ん、ち、しないかもしれないの」

と言えば、誰しもが「大変ね。つらいでしょう」と声をかけてくれた。

 私は人の同情につけ込んで、機会があるごとに弱音を吐いた。でも本当は、母の死は想像さえできなかった。ただ私は怖かったのだ。母と2人きりで取り残されるのが。母の期待に沿えず、小言を言われるのが。

 私は、母が怖い。この年になっても……。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

最期の日、あなたは親と仲直りできますか?

この連載について

初回を読む
不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと

川上澄江

末期がんで余命いくばくもないはずの母・好子は、元来強気で治療を諦めようとしない。そんな母を不憫に思う半面、「母を愛していない」と言葉にできる私は冷血漢なのか、と心が揺れる日々。父・真次郎による老々介護は心配だが、母との同居を考えるだけ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

eminyan1029 介護って、いろんな感情を生むんだなぁ。家族だからこそ。1度、読んでみよう。 【】 2年以上前 replyretweetfavorite

cookeryballie オレはこの方みたいに達観できないな、多分。。。 2年以上前 replyretweetfavorite

Movizoo 『不仲の母を介護し看取って気づいた人生で一番大切なこと』 https://t.co/Btq9TEeJoT うっわ…分かる。母親が死ぬことよりも、愛していない母親と二人で取り残されることのほうが恐怖。分かる分かる分かる… 2年以上前 replyretweetfavorite

nyaolan この連載から目を逸らせない。私が今最も恐れていることだから。著者はどんな結論に到達するのか。 2年以上前 replyretweetfavorite