第4回】翻訳書はこんなに面白い!

越前敏弥氏が主催するミニイベント「翻訳百景」。自身の著書『翻訳百景』(角川新書)と訳書『インフェルノ』(角川文庫 / 著:ダン・ブラウン)の刊行記念イベントを兼ね、株式会社KADOKAWA文芸・ノンフィクション局局長である郡司聡氏をゲストに迎えたこのイベントのレポートも、今回が最終回。翻訳者という仕事の面白さや、訳者としてのこだわり、そしてその訳に魅せられた方からのお手紙など、熱い話で盛り上がったイベント後半の模様をお伝えします!

5月8日(日)18時より、BS「日テレ」久米書店に越前敏弥氏出演!
久米宏さん、壇蜜さんとたっぷり『翻訳百景』を語り合います。ぜひご覧ください!

翻訳書のタイトルはこうして決める

越前 さて、次は郡司さんへの質問で、「翻訳書の編集者への道」というものが来ていますね。これは、『翻訳百景』の第3章のタイトル「翻訳者への道」のパロディかな(笑)。郡司さん、いかがですか?

郡司 翻訳書に限らずですが、原稿がちゃんと読めるっていうのは最低限必要なスキルですね。翻訳書籍ですから外国語ができるに越したことはないのですが、まず日本語がちゃんと理解できていないことには。最終的に読者が読むのは日本語の原稿ですから、それを読んでどうかを判断できないことには、お話にならないっていうのはひとつあります。

越前 翻訳書の編集と、例えば文芸編集との違いっていう角度から見るとどうですかね。

郡司 文芸編集の場合、作家と直接やり取りして原稿が上がってくるまでの作業が大きいですけど、翻訳編集の場合は本をピックアップした後、プロの翻訳者にお願いした原稿が上がってきたところから仕事がスタートするという要素が大きいので、原稿と向き合うのは同じでも、その時間の掛け方がだいぶ違いますね。
 あと、タイトルの決め方も結構違うんじゃないかな。翻訳の場合、編集者と翻訳者半々くらいで決めることが多いのですが、文芸編集では、編集者の意見を聞かれることもありますが、著者が決めることが多いですね。僕はタイトルを考えるのが結構好きなんですけど、これが苦痛だとけっこう大変かもしれない。僕もたくさん本を作ったので、タイトルは千本ノックのように考えましたよ。

越前 郡司さんはタイトルを考えるとき、どういうふうに案を出していくんですか?

郡司 そうですね……原題から離れて内容を拾うというか、書籍の内容を因数分解していろんな要素を組み合わせたうえで、「こういうことが言いたい本だよね」って決める場合もありますし、昔すごくたくさん翻訳書を作っていた頃は、ゲラを読みながらキーワードを全部書きだして、それを何パターンも組み合わせながら「ああでもない、こうでもない」って考えていました。印象に残っているのを一つあげると、アンドルー・ワイルっていう、今でいう、代替医療の先駆者による医療物ですかね。『Spontaneous Healing』っていう本だったんですが、この「Spontaneous」っていうのをどうやって訳すか。直訳しても、「自発的な治癒」とかで、「これはどうしたものかな」っていうので散々苦労しました。最終的には『癒す心、治る力』っていうタイトルにしました。
 逆質問になっちゃうんですけど、翻訳者の側から見て、良い編集者ってどんな方ですか?

越前 僕から見た良い編集者は、一言で言っちゃうと「安心できる人」ですね。逆の言葉で言うと、「不安のない人」とも言える。よくいるのが、言ったことがコロコロ変わってしまう人。社内事情とか、もちろん理由はいろいろあるんだろうけど、やっぱり「どうかなのかな」とは思いますよね。

郡司 それは確かに不安になりますね。

越前 別に「デザイナーさんのデータが上がってこないから、もう1日延ばしてください」とか、そういうのは別に構わないんですよ。そうじゃなくて、原稿そのものの内容や訳文に関して、1回目に良いって言ったものが再校でダメになるとか、そういう個人としての基準が揺らいでいるような事柄があると不安に感じちゃいますね。

郡司 それ、本当に基本的な部分だと思うんですけどね。

越前 もちろんそうなんですが、残念なことにいらっしゃるんですよね。でもKADOKAWAにはいませんから、安心してください(笑)。

翻訳は、どうしても賞味期限があるものだと思うんです

越前 次の質問は「新訳の際、既訳は参考にするのか。そして子ども向けと一般向けで訳を変えるかどうか」。

 まず新訳に関してお答えすると、僕は新訳する場合、既訳を参考にしています。むしろ、どんどん既訳の作品を見ていますよ。「既訳を見ると引きずられてしまうから嫌だ」という翻訳者の方もいますが、僕は良いものは活かしていきたいという考えでいるので、既訳が何種類かあるなら、それも全部見るようにしています。
 ただ、新訳の場合、どのくらいのスタンスにするかというバランスがなかなか難しい。僕が訳したもので例を挙げるとエラリー・クイーンの「国名シリーズ」(『ローマ帽子の秘密』『フランス白粉の秘密』など)はいろいろと考えましたね。表紙が前よりも派手になったことで、内容も大幅に改変していると思われがちなのですが、大きく変えたのは、エラリーの口のきき方だけ。他はあまり変えていないんですよ。それに、変更した口のきき方にしても、現代に合わせて変えたわけではないんです。「原作が書かれた当時を考えると父親に対してため口をきくっていうのは変だろう」と言われることもありますが、僕はものすごく生意気なエラリーだからこそ、あの時代であっても父親に対して平気でタメ口で話すだろうと。これは僕が中高生ぐらいの時、一読者だった頃から「おかしい」と思っていたことだったので、新訳の際に変更しました。

郡司 現代向けにアレンジするようなことはあまりないですか?

越前 そうですね、それは基本的にやらないつもりです。あくまで1930年代なら1930年代のまま伝えたいので、無理に現代語に合わせるようなことはしないようにしています。ただし現実問題として、全部が古いままだと、それはそれでわかりにくい。ですので、その辺りの調整は適宜行っています。ただ、先ほど話した「言葉は変りゆくもの」という話にも象徴されるように、翻訳ってどうしても賞味期限があるものだと思うんです。だから僕の訳が決定訳なわけではなく、いずれ何十年か経ったらまた新しい人が変えていくものだと、そうなっていく宿命だと考えています。もちろん長持ちしてもらいたいとは思いますけどね。

郡司 子ども向けと一般向けで訳を変えるかどうか、これについてはいかがですか。

越前 最近手がけた訳書でその両方があるものと言うと、『思い出のマーニー』ですね。この作品の場合は、ものすごく短期間で訳さなくてはいけなかったこともあり、どちらもほぼ同じ訳にしています。でももうちょっと時間があったら、やや変えたかもしれません。ただ『思い出のマーニー』は、幸い大人が読んでも子どもが読んでもしっかり楽しめる本なので、結果的に同じ訳で良かったと思っています。

良い作品であれば、日本のものでも海外のものでも面白い

越前 実は昨夜『翻訳百景』の感想として、すごく嬉しいメールをいただいたんです。メールを送ってくださった方は酒井七海さんという、昨年まで丸善で書店員をなさっていた方です。『翻訳百景』でも紹介した「はじめての海外文学フェア」というフェアを企画したのが、この酒井さん。どういうフェアだったかというと、「海外文学をもっと読者に読んでもらいたい」という想いのもと、丸善だけではなく他の書店チェーンで働く海外文学担当者にも働きかけて、複数書店の、しかも全国の海外文学担当者と一緒に行ったとても珍しいフェアだったんです。で、そのフェアのときに、たまたま50人の選者のうちのひとりとして僕を選んでいただいたことがきっかけで、その後僕が企画した東江さん(故・東江一紀氏)の追悼フェアの際にも、いくつもの書店を紹介してくださって。

 昨年お子さんが生まれるということで書店員はお辞めになったのですが、『翻訳百景』を読んでの感想を送ってくださったので、ぜひ最後に紹介させてください。

【酒井さんのメールより】

 越前様、お世話になっております。本日、『翻訳百景』を読了いたしました。これはもう、お世辞抜きですごく、すごく、すごく、面白い本でした。
 個人的には、越前さんが翻訳小説をもっともっと広い読者に読んで欲しいという思いを持っていらっしゃるところが、僭越ながら自分の考えと本当に似ていたので、すごく嬉しく心強く感じてしまいました。文芸翻訳というお仕事は、今まで完全にベールに包まれていて、どんなことを具体的にやるのか、よくわかっていない人がほとんどだと思いますが、これを読むとすごく興味が湧いてくるし、翻訳物が読んでみたくなってくるんですよね。
 書店員時代、常々、翻訳小説を売るには、もう少し舞台裏が一般に見えてこないかなと考えておりました。やっぱり翻訳者や編集者のお話を聞くと、ぐっと作品が身近に感じられて、自然に読みたくなってくるんですよね。それを一般的にもっと広く知らせることはできないかなと、この本を読んでもらえば、それができると感じました。

 私、これは本当に店頭で売りたかった。自分が今、その立場にないことをものすごく悔しく思います。面白いからなのはもちろん、そういった理由で、これは是非とも翻訳小説の苦手な方に読んで欲しいと思ったからです。
 ただ、実際はタイトルからして、これはもちろん素晴らしいタイトルだと思いますし、内容にも齟齬がないとは思いますが、だからこそ、誰かが誘導しなければ、おそらくその層には届かないだろうというところが、本当に無念でなりません。
 自分が今できることがないか、ちょっと本当に必死で考えております。せめて自由に動ければよかったのですが、でも、今の時点で自分ができることといえば、ブログで紹介させていただくことぐらいなんですよね。
 実は今、ブログのリニューアルを考えていて、タイトルを単純に「はじめての海外文学」として、的をビギナー向けにぎゅっと絞ってやろうと、内容はそんなに変わらないかもしれませんが、わかりやすくしたいと思っております。その最初の本として、『翻訳百景』を紹介させていただいて、いいでしょうか。
 本を実際に積むことはできませんが、ポップでのみ展示することは、ブログでもできるのではないかと思っています。そんな疑似本屋みたいなブログができたらって、どこまで更新できるかわからないけれど、よろしければ、まずはこちらの本について、ご紹介させてください。
 いつか翻訳ミステリー読書会にも参加してみたいなと思ってます。きっと、また、お会いできるのを楽しみにしております。この本が、読めてよかったです。本当にありがとうございました。

越前 ……というメールを、いただきました。

郡司 熱いですね。

越前 本当に。とても嬉しかったです。お子さんがまだ小さいので「なかなか頻繁には更新できないかもしれない」とはおっしゃっていましたが、酒井さんの「はじめての海外文学」というブログが更新されて『翻訳百景』が紹介されたときには、僕のブログやツイッターでもご紹介したいと思っておりますので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです(現在は公開されています http://onaka.hateblo.jp/entry/2016/03/05/115232)。
 では郡司さん、最後に何かひと言、お願いします。

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ダ・ヴィンチ・コード』翻訳秘話

越前敏弥

全世界で7000万部、日本でも1000万部を超える大ヒットとなったダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』。そのシリーズ最新刊である『インフェルノ』の文庫版の発売と、翻訳者の越前敏弥氏による新書『翻訳百景』の発売を記念し、越前氏とKAD...もっと読む

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コメント

psy10de トーク、楽しみ。 11ヶ月前 replyretweetfavorite

t_echizen cakesの連載「『 ダ・ヴィンチ・コード』翻訳秘話 」(2月の翻訳百景ミニイベントの採録)、最終回「翻訳書はこんなに面白い! 」がアップされました。 @onakaitaichan さんのメールとブログの紹介もあり。https://t.co/qvRYB8DTiI 11ヶ月前 replyretweetfavorite