越前敏弥氏(右)と郡司聡氏
かつての翻訳書ブームに思いを馳せる
越前敏弥(以下、越前) 皆様ようこそいらっしゃいました、このイベントを主催しております、翻訳者の越前敏弥です。今日は僕の著書である『翻訳百景』と、『ダ・ヴィンチ・コード』のシリーズの最新作である『インフェルノ』の刊行記念トークイベントです。本来、僕が1人でお話しするべきところですが、語るべきことは全部『翻訳百景』に書いてしまったので、今日話すことが無くなってしまいまして。そこでKADOKAWAに「誰か聞き手を立ててくれないか」とお願いしたところ、素晴らしいゲストにご登壇いただけることになりました。では、そのゲストをご紹介しましょう。株式会社KADOKAWA文芸・ノンフィクション局局長の郡司聡さんです。今日はよろしくお願いします。
郡司聡(以下、郡司) 株式会社KADOKAWAの郡司聡と申します。僕はジャンルこそいろいろ替わったものの、ずっと書籍編集に携わっておりまして。翻訳書籍の編集もずいぶん長い間担当していたので、越前さんともダン・ブラウン作品との出会いの時から、長くご一緒させていただいております。今日はよろしくお願いします。
越前 郡司さんは今、文芸・ノンフィクション局の局長をされていますが、「文芸・ノンフィクション局」ってどういう本を扱う部署なんですか?
郡司 部署の名前こそ「文芸・ノンフィクション」ですが、扱う幅は結構広くて、一般文芸、児童書、学芸的なものから辞書、ノンフィクション、そして翻訳書に至るまでさまざまな書籍を扱っています。単独部署があるビジネス・実用書とライトノベル、あとコミックや雑誌を除いた、書籍全般と考えていただいて良いかと思います。
越前 大きな部署であることは間違いないですね。『翻訳百景』も『インフェルノ』も奥付を見ていただくと、発行者のところに郡司さんのお名前があります。
ところで郡司さんが書籍編集になったのって、いつ頃なんでしょう?
郡司 編集になったのは、80年代の終わりでしたね。
越前 その当時って、どんな本を手がけていたんですか?
郡司 日本の作家を担当もしたりしましたが、最初の10年くらいは翻訳書が中心でした。
越前 ちょうどその頃って、翻訳書がものすごく売れていた時代ですよね。
郡司 そうなんですよ。20年ぐらい前、翻訳書がとにかく売れた「翻訳書ブーム」みたいな時期があったんですよね。だからある時期はとてもいい思いをしました(笑)。
越前 『ラブ・ストーリー ある愛の詩』(角川文庫 / 著:エリック・シーガル)も、爆発的に売れましたよね。
郡司 あれは70年代だったかな、それこそ100万部以上売れた本ですね。……でも、実は僕が翻訳書籍の編集を始めた頃は翻訳書って全然売れなくて、編集部の中でも「ごくつぶし」って言われていたくらいだったんですよ。だから、あまり良い環境とは言えないなかでのスタートでした。
ところがしばらくすると、なぜか翻訳書が売れはじめたんです。しかもミステリから一般文芸までカテゴリを問わず、アメリカ文学に関してはアメリカよりも読まれているんじゃないかと言われたぐらい。ベストセラーが出たり、スティーヴン・キングのようなスーパースターが出てきたりと、売れた要因はいくつかあったんでしょうけど、とにかく出せば売れるような状況だったので、その当時はすごく楽しかったです。部数も今の倍くらいは出ていたし、1冊訳せば翻訳者さんはそれなりの収入を得られる、そんな時代でしたね。
『ロスト・シンボル』発売前日、フリーメーソン東京ロッジに潜入!
プロジェクターを使って秘蔵の写真を公開
越前 ところで、僕が郡司さんと最後にお会いしたのって、いつでしたっけ?
郡司 僕もさっき記憶を辿っていたんですが、もしかして『ロスト・シンボル』の……?
越前 やっぱりそうですよね、2010年3月2日! どうして具体的な日にちを覚えているかと言うと、その日は『インフェルノ』の前作である『ロスト・シンボル』発売前日だったんですよ。六本木ヒルズのTOHOシネマズで発売カウントダウンイベントがあったんですよね。
郡司 そう、夜中の12時に一斉に封を切るっていうちょっと遊び心を込めたイベントをやっていて。
越前 で、その日の朝に、僕と郡司さんと、あともう1人、いま翻訳部門の編集長をしているKADOKAWAの編集者のSさんと3人でフリーメーソンに行ったんですよ。
郡司 フリーメーソンって別に隠れてあるわけでも何でもなくて、玄関でピンポンってインターホンを押せばちゃんと出てきてくれるんです。
越前 この写真がフリーメーソン東京ロッジの入口です。こんなふうに、誰でも見える場所にあるんですよ。フリーメーソンのシンボルであるコンパスと直角定規をかたどったGのマークも、ちゃんと出ています。
東京ロッジの入り口
郡司 全然、秘密でも何でもないです。
越前 オートロックになっているので、インターホンで呼び出すんですが、インターホンを押したら「はーい」って応えたのが女性の声で! フリーメーソンって組織は女人禁制なので、その時は「何で女の人が出るの!?」と驚いたのですが、女性も雇われているそうです。
郡司 そういえば、入口を入ったところで記念撮影をしましたよね。
越前 しましたね! 「東京ロッジに行きました」っていう証拠を残そうと、お互いに撮りあいました(笑)。入口から入ってすぐのところに『ロスト・シンボル』にも似たような図が出てくる、いかにも「シンボル」といったものがある場所があって、そこから先に進むと、いわゆる「聖堂」、儀式を行う場所があります。『ロスト・シンボル』冒頭で出てくる儀式のシーンも、こういった場所で行われていました。
ちなみに見学の際は、フリーメーソンやその施設について、内部の方2名がいろいろとご説明くださったんです。さすがにどういった儀式をやるかということだけは教えてくれませんでしたが、僕はおそらくここで宣誓のようなことを行うんじゃないかなと思いました。部屋の位置関係的に、たぶん周りの席や後ろ側の席に、位階の高い人がいて、儀式を見守っているんだと思います。
記録を残す郡司氏
越前氏、フリーメーソンからの接触を受ける
越前 郡司さん、その後、彼らからの接触なんてないですよね。
郡司 特にお誘いはなかったですよ。
越前 「特にない」。それ、実はすでに入会したとかじゃないですよね?
郡司 それは・・・言えないです(笑)。
越前 実は僕、1回だけお誘いを受けたんです。最初は知り合いから「越前さんの訳書に興味があるので会いたいという方がいる」とお話をいただいて、「ではご飯でも」ということでその知り合いと3人で会ったんです。実際に会ってみるとすごく楽しい方でしたよ。それでその日はお別れしたら、夜にメールが来て。そこで「実は……」と。
郡司 じゃあ食事の場では一切そのことに触れなかったけど、実はそうだったってことですか。
越前 ええ、食事の時点ではフリーメーソンだとは一言も言わず、ただ僕の訳書の読者だということで……。
郡司 もしかしてふさわしいかどうか、リサーチしてたんですかね。
越前 そうかもしれない。ただ、フリーメーソンって「勧誘してはいけない」というルールがあるんですよね。
郡司 東京ロッジに伺ったときにそういった話も詳しく教えてくれましたよね。
越前 だからその時もルールがあるからか、そこまで強く誘われることはなく。「よかったら来てください」程度のお声がけでした。
郡司 その後、連絡は?
越前 特に無いです。
郡司 誘っちゃいけないからですかね。
越前 ええ、そうなんだと思います。ただ僕自身はこの仕事を続ける以上は、事情を知ることで書けなくなることもあるかもしれないので、入るつもりはありません。
(第2回に続く)
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