僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
数って何だろう
僕「ところで、空集合から数を作っていく《ノイマンの方法》だけど、これだとまだ《数》って感じがしないよね」
ユーリ「どゆこと? 一貫したルールで、$0,1,2,3,\ldots$を作れるよ?」
僕「うん。《互いに異なるものを、順番に作り出せる》ことはわかった。でも、数ってそういうものだっけ?」
ユーリ「数って、どーゆーものだっけ?」
僕「何を知っていれば《数を知っている》といえる?」
ユーリ「……」
僕「数があれば、何ができる?」
ユーリ「……」
僕「数って、どういうものだと思う?」
ユーリ「……ねー、ちょっと黙っててよー」
僕「はいはい」
ユーリ「数があると数えられるよね。$1$個、$2$個、$3$個って……どんどん多くしてけば」
僕「ほほう」
ユーリ「あと、計算もできる」
僕「なるほど! 計算。いいねえ!」
ユーリ「たとえば、$5$の$30$乗とか」
僕「おいおい。何でいきなりそんなすごい計算になるんだろう」
ユーリ「たとえば、$3$の$3$乗とか」
僕「その冪乗へのこだわりは何」
ユーリ「別にいーじゃん。掛け算でも割り算でも引き算でも足し算でも」
僕「うん、無難なところで足し算はどうだろう」
ユーリ「どーだろーって?」
僕「《ノイマンの方法》を使うと、空集合$\{\}$からはじめて、$0,1,2,3,\ldots$のように無数の数……っぽいものが作れることがわかった。 でもまだこの数っぽいもの、いわば《数もどき》には足し算が定義されていない」
ユーリ「でも、$3 + 2 = 5$なのは変わらないでしょ?」
僕「そうだよ」
ユーリ「だったら……え? 何を定義することがあるの? 足し算の結果がわかってるのに」
僕「確かに$3 + 2 = 5$なんだけど、それは数について知識として知っているだけだよね。 《ノイマンの方法》で作った《数もどき》については、ちゃんと定義してない」
ユーリ「《$3$を作る》だけじゃなくて、《足し算も作る》ってゆー意味? そんなの作れんの?」
僕「作れるよ……ユーリにいつだったか話したことがあるんだけど。覚えてない?」
ユーリ「覚えてない」
僕「がく。でもいいよ。いまから話すから。これから《ノイマンの方法》で作った《数もどき》に対して、 足し算を定義する。つまり$+$という記号のルールを決めようというんだよ」
ユーリ「へー……じゃ、ほんとに足し算を作るんだ!」
僕「いっしょに考えていこう。足し算ってそもそも、どんなものだろう」
ユーリ「$3 + 2 = 5$」
僕「そうだね。《$3$という数》がある。《$2$という数》がある。そして、《$+$という記号》がある。それを並べて$3+2$という式を作る」
ユーリ「うん。あいかわらず回りくどいけど」
僕「そして$3+2$という式も数を表していて、その数は《$5$という数》に等しい。こういうことが《ノイマンの方法》で作った数もどき……めんどうだから数と呼ぶことにしよう……数でも、 きちんと定義できればいいわけだ」
ユーリ「ふむふむ。あっ、わかった!」
僕「え?」
ユーリ「全部定義しちゃえばいいってこと? いまは$3+2=5$だったけど……$$ \begin{align*} 1 + 1 &= 2 \\ 1 + 2 &= 3 \\ 1 + 3 &= 4 \\ &\vdots \\ 2 + 1 &= 3 \\ 2 + 2 &= 4 \\ &\vdots \\ 100+1 &= 101 \\ &\vdots \\ 9999+1 &= 10000 \\ &\vdots \end{align*} $$ ……こんなふーに、ぜんぶの数の足し算の組み合わせを決めればいい?」
僕「おおお。ユーリは賢いなあ。確かにこれでも足し算を定義したことにはなる! でも、ちょっとおもしろくないかな。いや、ぜんぜん悪くはないんだけど」
ユーリ「どこがおもしろくないの?」
僕「うん。すべての数の足し算をルールとして定めてしまうということは、このルールを作る人がすでに足し算のことを知っていて、 それを数にあてはめているわけだよね。 たとえば、$3 + 2 = 5$というのは《なぜ》$5$になるかは、 ルールを決めた人が理由もなく知っている。そこが何だかおもしろくないかな。 どうせ考えるなら《なるほど、確かにそれは足し算といえるな!》 という発見がほしい」
ユーリ「ふーん……その気持ち、ちょっとわかるかも。でも、そんなのできるの? だって、$3 + 2 = 5$に理由なんてないじゃん?」
僕「$3 + 2$はちょっと難しいから、$3 + 1$で……いや、$3 + 0$で考えてみようか」
ユーリ「ほほー」
僕「もちろん、$3 + 0 = 3$になってほしいんだよ。でも、まずは観察から。いまは《ノイマンの方法》で作った数を考えているわけだから、 $3 + 0 = 3$はこんなふうに表せるよね。この等式が成り立ってほしい、という意味」
ユーリ「えーと。これは、$3$を$\{0,1,2\}$に置き換えて、$0$を$\{\}$に置き換えたってこと?」
僕「そうそう。いま僕たちは数のことは知らないけれど、集合というものについては知ってる。それでこの$+$という計算は何だろうかな、 って考えてようとしているんだよ」
ユーリ「……うーん、$\{0, 1, 2\}$が変わらにゃいけど。あっ、集合を足すのがあったよね。もしかして、あれ?」
僕「和集合のこと? すごいのを思い出したな。$\cup$だね」
ユーリ「それそれ!」
ユーリ「『数学ガールの秘密ノート/場合の数』や、『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』でも、
和集合はでてきたよね、お兄ちゃん!」
僕「コマーシャルはいいから」
ユーリ「$X$と$Y$の和集合は$X \cup Y$でしょ? それで、ちょうど、ほら! 要素を足せばいい!」
僕「うん、確かに$$ \{0, 1, 2\} \cup \{\} = \{0, 1, 2\} $$ という式自体は正しいよ。 それに、空集合が出てくるときには、$+$という記号を、集合の$\cup$に読み替えてうまくいきそうではあるけど……」
ユーリ「和集合で足し算を作る! いーじゃん!」
僕「じゃ、これはこれとして、もう一つ別の計算を観察してみよう。こんどは$3 + 1 = 4$というのを《ノイマンの方法》で考える。 $3 + 1 = 4$という等式が成り立って欲しい。$3,1,4$という数を集合の形で表すと……」
ユーリ「あれ……お兄ちゃん、だめだよ。和集合じゃだめだね。だって、 $$ \{ 0, 1, 2 \} \cup \{ 0 \} = \{ 0, 1, 2, 0 \} = \{ 0, 1, 2 \} $$ でしょ。増えない。$\{0,1,2,3\}$にならない!」
僕「そうだね。だからユーリがさっき考えたような、和集合を作る$\cup$を足し算として使うのはまずい、ってことになる。少なくとも一般的にはまずい」
ユーリ「そっか……でもさー、それじゃ$\{0, 1, 2 \}$はどうしたら$4$になるの?」
僕「$4$というのは《ノイマンの方法》だと、$\{0,1,2,3\}$だよね。ユーリの疑問は、整理すると、こう言えるわけだ」
- $3 + 1 = 4$を実現したい。
- $3$は$\{0,1,2\}$だ。
- $1$は$\{0\}$だ。
- $4$は$\{0,1,2,3\}$だ。
- どうやったら$3 + 1 = 4$が実現できるだろうか。
ユーリ「……」
僕「……」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)