赤い絨毯

第4回】父に捨てられる

【前回まで】母方の祖母の家に預けられ、秋田大曲での新生活が始まった「俺」。豊かな自然の中で、徐々に元気を取り戻していったものの、相変わらず学校に馴染むことはできません。大曲にきて2度めの冬が訪れようとしていたころ、クラスに仙台からの転校生Kくんがやってきました。Kくんのペースに乗せられて思わず喋ってしまう「俺」。初めて友達というものを意識し始めます。

 雪国の冬休みは長い。婆ちゃんは住まいが山奥ということもあり、またその年は積雪が特に酷い年で難儀をした。電気は良く途切れるし、もとよりテレビもなく、外出などとてもできる状態にない。といって、することもないので、日々を雪下ろしや雪かき、薪の補充のために雪に埋もれた枝拾いをし、雪が降る日は婆ちゃんと二人で話したり遊んだりするか、読書をして過ごした。小学生なりに力仕事だが、山が雪に覆われると食糧を抱えた伯父が山を登ってやってくる頻度はがくんと減った。婆ちゃんが雪をどかすなど重労働をできるはずもないので、俺がやるほかないのである。婆ちゃんはアカギレを起こした俺の手を囲炉裏前で大事にさすりながら、何度も「ありがとね。ありがとね」と御礼を言ってくれる。人生、あまり人に感謝された経験はない。どうにも恥ずかしいやら、嬉しいやら。

ただふと疑問に思うことがあって、婆ちゃんに何の気なしに訊いた。

「婆ちゃん、ずっと独りでここで暮らしてて、大丈夫なの」
「おじいさんが死んでからだから、もう、十年以上になるかねえ」
「寂しくないの」
「息子たちも娘も、お前の母さんもみんな出て行って、ずっと独り」婆ちゃんは穏やかに言った。「独りでいて、お迎えが来るのを待っているのよ」
「母さんに会えるのかな?」
「そうかも知れないねえ、そうでないかも知れないねえ」婆ちゃんは顔を皺らだけにして、いつものようにふぇふぇと笑った。「先のことは、分からないからねえ」
「婆ちゃんでも先のことは分からないの?」
「分からないねえ。年をとって、もっと分からなくなったかねえ」

 年をとっても、勉強しても、世の中には先が分からないことがあるのか。十年、たった独りで暮らすことがあるのか。よく考えれば、十年とはだいたい俺の歳だ。

「お友達ができて良かったねえ、婆ちゃん、ずっと心配していたんだよ」
「うん」
「いまは、冬休みなんだよ。お友達とお電話したり、遊びにいったりしないのかい?」

 そうだ。俺は、友達ができたのだ。偶然とはいえ、話をしてくれる友達ができたのだ。Kくんのお家は駅こそ一緒だが、ひとつ低い尾根を挟んだ反対側にある。

「うーん、でもお家は駅の反対側で少し遠いし、Kくんはお母さんとどこか行ってしまったかもしれないから」
俺は呟くように答えた。友達を誘って、断られたら立ち直れないのではないかと思ったからだ。だが、婆ちゃんは折れなかった。
「でもねえ、お友達もお誘いが来るのを待っているかもしれないし、事情があって遊べないかもしれないけど、お電話ぐらいは入れたら」

 しぶしぶ電話をしてみると、果たしてKくんはお家にいた。電話口なのに、珍しく話が弾んだ。何してるの、という他愛のない会話から始まって、たくさん話した。というか、KくんはずっとKくんのことを喋っていた。会っていないのに、こんなに話ができるなんて生まれて初めてのことだ。時間としては15分ぐらいで、また残念なことに、Kくんは明日から一度仙台に帰るのだということで、また大曲に帰ってきたら必ず連絡を呉れるので、冬休み中に二人で遊びにいこうね、とお約束をして電話を切った。囲炉裏の向こうで話を聴いていた婆ちゃんが「良かったね、良かったね」と言って、くぼんだ目に潤わせて半泣きになっているのを見て、逆に申し訳のない気持ちとなった。

 間もなく冬休みも明けようかというころ、伯父が尋ねてきた。話を聴くに、婆ちゃんと俺とで、車で送ってやるからお役所と学校へ行って来いというのだ。戸口のところまで出た婆ちゃんは伯父と何やら話し合っていたが、ちらちらと俺のほうを見た。何かが起きた。心臓がキュッとなった。

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赤い絨毯

山本一郎

【著者より】  「『大人が読んで、心がゴトゴト動く童話』を紡いでいきたいと思います、パッチを当てて貼り合わせたものではない、縫って繋いだものではない、過去からいまへ繋がる道のりを、穏やかに書き綴りたいのです。  それは、捨てて...もっと読む

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