A.クッキングパパの若者は「マイルドヤンキー」と揶揄できないほどの苦労人&くすぶり。
最近新しいマーケティング用語として「マイルドヤンキー」という用語が登場して、「若者の地元志向」が話題になったりした。 しかし、クッキングパパの世界は、福岡を舞台にしている「クッキングパパ」の世界はとっくの昔から、昭和の時代からの筋金入りの「地元志向」だ。
もちろん、福岡は九州いちの大都市。クッキングパパに登場する荒岩の部下でも、宮崎や熊本から出てくる人々もいる。 しかし、クッキングパパの登場人物は、荒岩本人をはじめ福岡が地元という人が多数派。そのため自然と、地元志向の人ばかりになる。 荒岩の中学校時代の友人で、香椎商店街で評判の豆腐屋の息子の植松氏も「勉強して高校に行くよりも早く家の仕事をおぼえたい」という考えで家を継いでいる。
○15巻 cook.142 P25 家を継ぐことを誇りに思っている植松氏©うえやまとち/講談社
荒岩が中学生のときは、1970年代。
本来なら現在40代半ばの荒岩の中学時代は1980年代となるが、クッキングパパには時空のゆがみが発生しているので、この年代。 植松氏のように家業がある人は継ぐ道を選ぶのは当然という時代だったと思われる。家業がなければ、荒岩や虹子のように地元の大学に進学して、地元企業に就職する道が普通だったのだろう。クッキングパパは「東京(または大阪)へ出なかった人々」の物語なのだ。 荒岩夫妻のように、地元の有名企業に就職し、就職1~2年目で結婚するというパターンは、そのなかでもかなりのエリートというか、勝ち組パターンだったと推測できる。
では若者はどうだろう。
最近話題になった「マイルドヤンキー」と、クッキングパパに登場する地元志向の人たちは、少し違う。 「マイルドヤンキー」といえば、週末になればミニバンに乗ってショッピングモールで買い物をして、「行動範囲は半径5km、遊ぶのは小中学生のときからずっと変わらない仲間たち」というライフスタイル。
しかし、クッキングパパの日常には、まだ「郊外型の巨大ショッピングモール」が登場していない。クッキングパパの世界では昭和の時代と較べれば衰えてはいるものの、地元商店街がまだまだ元気で、日常の買い物は商店街、洋服を買うときなどは福岡の中心地に行くというライフスタイル。車は登場するけれど、日常使いというよりもレジャーなどのときにたまに使うという感じ。これは荒岩家が郊外のベッドタウンではなく、博多市街からスクーターで数分という都市部に住んでいるからこそかもしれない。なにせクッキングパパの世界は当時中学生だったまこととさなえちゃんがファストフード店で食事をしたらカツ代にやんわりdis(ディス)られるような感じなのだ。食にこだわるクッキングパパの世界に、ショッピングモールのフードコートは食い合わせが悪い。
○48巻 cook.470 P8~9 ファストフードが登場しただけでこんな空気に……!カツ代は即「口直し」宣言©うえやまとち/講談社
クッキングパパの若者たちに見る、マイルドどころではないビターな状況
荒岩の息子のまことの友人たちも「マイルドヤンキー」という、小中学校からの仲間たちと終わらない日常をウェイウェイ楽しむイメージとは違う、地方都市のちょっとリアルな切なさが漂っている。
たとえば大学進学。
まことは大学進学の際、「どうしても行きたい大学がある」と言って地元の大学ではなく沖縄の大学に進学している。まことの彼女のさなえちゃんも東京の大学へ。意外なことにまこととさなえちゃんは博多に愛着はあるはずだけれど、目線は外に向いている。
ほかのまことの小学校からの同級生、親友のみつぐや9人兄弟の5男のヒロくん、まことに10年以上片思いをしているえつこは、地元博多の大学に進学している。
一概に言えないけれども、この進路の違いの理由のひとつに、経済的な格差があるのではないだろうか。 荒岩家は地元の総合商社で順調に出世する荒岩と、地元新聞社で働く虹子の共働き。さなえちゃんの父親は30代半ばには某大企業の広告課の課長で、荒岩よりも出世が早い。
さなえちゃんが幼少期からお嬢さま的な雰囲気を漂わせているところを見ると、かなり裕福そうだ。
一方地元に残った3人の家庭はというと、みつぐの父親は普通のサラリーマンで母は専業主婦、ヒロくんは父子家庭で父親は昼間の仕事のほかに夜も代行運転の仕事をして9人の子供を育てている。えつこの家は小さな家族経営の印刷所。両親は繁忙期には徹夜をしなくてはいけないほどのハードワークぶりだけれど、地方の街の小さな印刷所ともなれば、2000年代に入ってからは印刷通販に圧されたり、あるいはその下請けになって厳しい納期に対応したりと、たいへんな状況なのだろうと思われる。
「マイルドヤンキー」という言葉は、地元志向の若者たちの上昇志向のなさや、東京や大阪などの大都市に出ていく意思のなさを揶揄する意味でも使われることが多いけれど、80~90年代の好景気の時代ならばいざしらず、大学を出たとしてもまともに就職できるかわからないこのご時世に「なんとなく東京(大阪)に行きたい」という理由だけで生活費のかかる都会に出て、親に多額の仕送りをしてもらって生活することは難しい。 これを「上昇志向がなく、地元志向」と斬り捨てるのには違和感がある。
まことの友達のヒロくんの大学生活をみてほしい。
弁護士を志すヒロくんは奨学金をもらい、今地元の大学に通っている。
9人の兄弟でひしめいていた古めかしい実家は今は新築に立て替えられ、末っ子の3つ子、姉夫婦とその子ども2人という家族構成になっている。あんまり言いたくはないが、居づらそう……!
そのためかヒロくんは自分でアパートを借り、荒岩の勤める金丸産業のビル清掃のバイトをして過労でブッ倒れながら苦学生生活を送っている。 これ見て、ヒロくんを「上昇志向がない」とか言えるのかよ……!
○131巻 cook.1272 P49 ヒロくんをコケにするやつは、私が許さないからな……©うえやまとち/講談社
「どうしても勉強したいことがある」と沖縄に行き、勉強やバイトも楽しみつつ適度に頑張り、旅行やレジャーにも行き、現地ガールフレンドや先輩や後輩に囲まれてのびのびキラキラした大学生活を送るまことと、実家がもう「姉と夫の家」になって「いつでも帰れる実家」ではなくなり、弁護士にならないともう後がないという感すらあるヒロくんとのこの対比、なんとも切ないものがある。
○131巻 cook.1277 P147~148 まことには悪気ゼロ。ヒロくんはいい子なので平常心だが、私だったら自分が過労でブッ倒れるような日常を送っているときにこんな話をされたら、笑顔で対応できる自信がない©うえやまとち/講談社
金丸産業の守衛さんは「いまどき珍しい苦学生」と言っているけれども、ヒロくんの現状は、経済格差が広がり「ブラックバイト」という言葉をよく目にするいまでこそ、心にズーンとのしかかる。
そんななかでも、ヒロくんの「自分の現状をしっかりと受け止めて『弁護士になる』という目標をしっかりと設定し、自分を律して慎ましく暮らす」というあまりにも実直な姿は、若者たちにとって地元で暮らすということが決して安易なことではなく、少ない選択肢の中で社会に自分の居場所を作らねばならない厳しさをあらわしている。
地元なんてちっともほっこりしてなんかいないんだ……!
えつこよ、スズキのハスラーを飛ばして半径5kmの世界から旅立て
ヒロくんはまだ、貧困のなかにあっても自分の人生のハンドルを握っているから立派なもの。
私がマジで心配なのは自分の人生のハンドルを握らない女・えつこのことだ。
えつこといえば、まことの幼なじみの中で(登場した直後こそいわゆる「花沢さんキャラ」だったけれど)明るくしっかり者で、世話好きの女子。顔だって、そこそこに可愛い。
しかし、小学生の頃から10年以上ず~っとまことに片思いをしているという、執着心が強い一面がある。
お、重い。
私はこの重い女・えつこに対して、ちょっと暑苦しい思いを抱いてしまっている。
えつこが重いのはまことへの恋心だけではない。 えつこは小学生の高学年の頃から、小さな印刷所で徹夜上等で働く父母、ときには従業員(2人くらい)の夕食を作ることを習慣にしている。最初はまことや荒岩の料理上手っぷりに触発されて料理を始めたえつこだけれども、それをきっかけに急速に「主婦化」していく。
○68巻 cook.661 P7 好きでやっているはずの料理なんだけども……©うえやまとち/講談社
えつこが「私は家族の夕飯を作るので忙しい!」と友達からの遊びの誘いを断っているのを見て、父母が「ありがたいと思っているけど、おまえはおまえの時間を大切にしなさい」と心配するほど。 それでもえつこは主婦化をやめず、はては弟のつとむの野菜嫌いに頭を悩ませたり、まるで母親のような行動を見せ始めるのだ。
えつこの一連の行動は、ものすごく親孝行だし、実際両親も助かっているのだと思う。えつこが家族に料理を作ることに喜びを見出しているのも本当だろう。
でも、えつこが「私だって忙しいのに!」と言いながら家庭でお母さん代わりをしているのを見ると、「大丈夫かなあ……」と思ってしまう。
○68巻 cook.661 P9 えつこよ……©うえやまとち/講談社
えつこの両親はおそらく彼女が食事の用意をしないでが友達と遊ぼうが、自分の趣味に没頭しようが、弟にインスタントラーメンを食べさせようが、きっと彼女のことを変わらず愛したと思う。
えつこが荒岩のように本当に料理が好きで、いちばんの趣味になったから進んで料理をしているのだといいんだけど……。
どうもえつこは承認欲求をこじらせてしまっているのではないかという疑念が消えない。 「家族の役に立ってる、必要とされるいい子」であることに依存しているように見てしまう。
まことへの片思いに関しても、さなえちゃんと盤石の両思いのまことへの思いを断ち切るように高校・大学のエスカレーター式女子校に進学したものの、思いが再燃してアプローチしようとしてはまことの隣にさなえちゃんがいるのをみてはガックリしてあきらめる、の繰り返し。
まことがさなえちゃんとケンカして、告白してきた水泳部の後輩女子とデートしていたときにはそれをめざとく見つけて、まことに「私はさなえちゃんだから身を引いたんだからフラフラするな」という説教までかましている。
○92巻 cook.891 P170 えつこよ、本心だとは思うけれども©うえやまとち/講談社
えつこは結局さなえちゃんにはかなわないとわかっていても、まことへの執着が捨てられえないのだ。
だからこそ、ポッと出てきた後輩女子なんかにまことを奪われたら、たまったものではないだろう。 これがきっかけでまことはさなえちゃんと仲直りするけれど、えつこはそれでいいのか。
フラフラするな、じゃなくて、もっとほかに言いたいことがあったんじゃないのか。