堀江敏幸 後編「体験の発酵のさせ方が作品の質を左右する」

2001年に『熊の敷石』で第124回芥川龍之介賞受賞。他にも数々の文学賞を受賞し、現在は芥川賞の選考委員を務める作家・仏文学者の堀江敏幸さん。その最新作『その姿の消し方』を入り口に、創作に対する姿勢をじっくりと伺いました。
些細な体験も捉え方や扱い方で、質が高まる。そのように言う堀江さんは日常のできごとをどのように捉え、作品へと昇華させているのでしょうか?


詩や文学という枠をつくってそこで夢中になるふりをしてから現実に戻り、ふたつの世界を冷静に比較してもあまり意味はないのだ。あらかじめ目標を定め、楽しもうと意気込んだりすれば、体験の質は下がる。言葉は疑似餌ではない。


『その姿の消し方』より

となると、最新作『その姿の消し方』作中に出てくる上の言葉が気にかかるようになる。作品の質を保証するのは、体験の質ということか。どんな体験をするか、そこから何を思うか。ひいてはどんな態度で生きているかということが、作品の質を決定するのか。

 体験するためにどこかへ行ったり何かをするのとは、ちょっと違うんですよ。どんな体験であれ、体験そのものには優劣の差なんてありません。人が驚くような体験をたくさんすればいいのかといえばそうではない。肝心なのは、その人なりの体験の捉え方や扱い方です。話していて「厚みのある人だな」と感じるのは、その人の話し方や言葉の選び方がいいからです。つまり体験とは、質そのものが問題というよりも、質を高めるため引き出し方のことなんです。あるいは、体験の眠らせ方、起こし方の問題ですね。

AさんとBさんの体験に優劣がつけられるわけではなく、保存と活用のしかたによってアウトプットが変わってくるということ?

 そう、その人のなかでの、体験の発酵のさせ方によって、ずいぶん変わってくるのではないですか。

波乱万丈の半生を持つ人の体験はやっぱりすごいとか、そんな単純な話ではなさそうだ。

 波乱万丈だからいいかどうかは、わかりませんね。そもそも波乱万丈って、どういうものでしょう。僕は不注意でよく転びます。家から大学に着くまでに5回転んだこともある。それだって、波乱万丈のうちに入るんですよ。僕は波乱万丈の日々を送っているともいえるわけです。なぜ同じところで転ぶのか、しかも何度も転ぶのか……。真剣に考え込んでしまいますからね。

堀江作品も毎度、波乱万丈の物語が展開されているということなのか。

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文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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コメント

Keusike https://t.co/st5RpDRIn9 1年以上前 replyretweetfavorite

penguinsproject  堀江先生のインタビュー、後編。 1年以上前 replyretweetfavorite

reading_photo 【News】cakes連載「文學者の肖像:。ぜひこちらからお読みください。 https://t.co/uqCHDiUQ57 1年以上前 replyretweetfavorite

Shoji_Mana 取材同席していたのですが、「現実には終わっていることを、せめてこの文章のなかでは終わらせたくない。書いているあいだは、なるべく終わらせないように引き留めたい。」という言葉を聞いたときに、はじめて取材中に涙ぐむという体験をしました。 https://t.co/4zXS3nHVag 1年以上前 replyretweetfavorite