堀江敏幸 前編「政治と道端の石、その二つはつながっていて、等価である」

2001年に『熊の敷石』で第124回芥川龍之介賞受賞。他にも三島由紀夫賞、川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞、読売文学賞など数々の文学賞を受賞し、現在は芥川賞の選考委員を務める作家・仏文学者の堀江敏幸さん。しかし、自身が書いているのは、小説かどうかは定めていないそうで……。
ささやかな出来事を、静かに、しかし流麗に描き出す堀江さん。その最新作『その姿の消し方』を入り口に、創作に対する姿勢をじっくりと伺いました。

フランス西南部の内陸寄りにあるM市を私が訪れたのは、留学生の頃に古物市で偶然入手した、一枚の古い絵はがきがきっかけだった。


『その姿の消し方』より

ああ世の中にはいろんな文章があって、意味を伝達することにとどまらず、それ自体を味わうのが楽しくてしかたがない。そんなタイプのものも存在するのだ。そう気づかせてくれるのが堀江敏幸作品の魅力である。本のページを開いているあいだは言葉の海に全身を浸して、そのままずっとたゆたっているような気分になる。

息の長い文章を読みくだしていけば、一つひとつの語がするすると身体のなかに流れ込んで、次の文、次の行へと進んでいくことそれ自体が悦びになる。新作『その姿の消し方』も、もちろん例外じゃない。

その姿の消し方
『その姿の消し方』

たまたま手に入れた古い絵はがきの裏に、短い一編の詩が書かれているのを見つけた「私」は、それをきっかけに詩人アンドレ・ルーシェを知ることとなる。

わずかな手がかりをたよりに詩人の姿を求める「私」の行動は、情熱と真剣さをたっぷり帯びているのだけれど、実際にやっているのは古い絵はがきを探し求めるくらい。世間的には些事と捉えられて当然の、小さいことだ。身近にあるささやかな出来事を巡って文章が綴られていくのは、堀江作品でおなじみの型だ。大きな事件や社会的な事象と結びつかず、浮世離れした感覚がついて回るのは、作者として意図的にしていることなのだろうか。

 小さなことを書いているつもりは、とくにないんです。僕にとっては大事件ばかりで。たとえば、ここは大学内で僕に割り当てられた部屋ですが、入口の扉の脇に、女性ものの傘が置いてあります。これが誰のものなのか、わからないんですよ。あの傘の持ち主が誰で、どうやったらその人に届けることができるのか。僕にとっては、それが現在の政治の動きと同じくらい大きい問題なんです。政治の話と道端に落ちている石の話は、等価なんですよ。というか、政治と道端の石、その二つはつながっていて、どちらか一方だけが存在するということはない。

と作家本人はいう。では、意図的に小さい話ばかりで作品を構築しようとしているわけでは……。

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コメント

sowing_algae 作品を発表しつづけてくださることが、読み継ぐ読者があちこちにいることが、希望になる稀少な小説家。 1年以上前 replyretweetfavorite

zrlq “いろんな文章があって、意味を伝達することにとどまらず、それ自体を味わうのが楽しくてしかたがない。本のページを開いているあいだは言葉の海に全身を浸して、そのままずっとたゆたっているような気分になる。” 1年以上前 replyretweetfavorite

penguinsproject  久々に大学時代の恩師、堀江敏幸先生をwebで拝見したのでシェア。 1年以上前 replyretweetfavorite

reading_photo 【cakes更新】cakes連載「文學者の肖像:。こちらからお読みいただけます! #堀江敏幸 #その姿の消し方 https://t.co/PO86eLo7vT 1年以上前 replyretweetfavorite