それでも僕は、外科医をやめない

自分という他人

自分のことは自分が一番よくわかってるとは、よく言う言葉ですが、果たしてそれは本質を内包した言葉と言えるのでしょうか。医者としての進路に悩む雨月氏は、一番理解し難い厄介な「自分」という存在の取り扱いに困っているようです。「自分」とどうすればうまく付き合えるのか、そして、そういう時に有効な思考法とは……?

こんにちは、外科医の雨月メッツェンバウム次郎です。

花の季節もあっという間に過ぎ、時折降るやわらかな雨は初夏をいっそう待ち遠しくさせてくれますね。

さて今回は、こんなタイトルでお話をしてみましょう。題して、「自分という他人」。

年度が変わりましたが、わたくしちょっと医者の進路について悩んでおりまして、色々な人に相談をしておりました。医者でアラサーを超えつつある歳になると、若手医師から中堅医師と呼び名が変わりまして、医者の進路にもいくつかの選択肢が出て参ります。

ある人は忠犬のような中堅医師として大学病院でご奉公を続け、またある人は「退局」と言う医者界の脱北行為(詳しくはこの記事「こじらせ心臓外科医が13歳年下の女医さんと別れてくれない話」)で自由を手に入れます。そうでなくても開業して小さいクリニックの院長になったり、キャリアアップを諦め田舎の小さな病院でなにやら怪しげな医療をやるかわりに年収を倍にしたり。

他にも海外留学へ行く御仁も多く、この辺の歳で赤ん坊を連れて2年ほど米国や欧州へと行き研究の真似事をするというキャリアもある。更にはちょっとタイミングは遅めだが大学院に行って教授にウン十万円を差し上げ、「学位」(Ph. D、ピーエイチディー、博士号とも言います)をゲットする人もいます。これをゲットすると名刺に「医学博士」と書けるのですが、我々医師の間では上手いことを言った人がいて、「学位は足の裏の米粒と同じ」なんだそう。曰く、取っても食えない(収入アップ・キャリアアップには繋がらない)が、取らないと気になる(多くの人がなんとなく取るため)んだそうで。

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それでも僕は、外科医をやめない

雨月メッツェンバウム次郎

高学歴エリート集団だと思われがちな外科医の世界は、実は、毎日人を切り刻んでる特殊な世界です。現役医師が語る外科医の世界は、とっても不思議な世界。毎日、さまざまな患者さんと接し、手術をするなかで感じたことを、ありのままに語ります。not...もっと読む

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niminimiko |雨月メッツェンバウム次郎 @ugetsujiro |それでも僕は、外科医をやめない “私はその度に本当にびっくりします。自分が何をやりたいかなんてわからないから、こうやって相談しているのに、” 本当に、そう https://t.co/uROTGSMMQ4 約2年前 replyretweetfavorite

akiko_twins ふむ。激しく同意です。 https://t.co/vR0GQnQPlL 2年以上前 replyretweetfavorite

titesu ★今でも医学系大学院って指導教官に包んだりするの?。 2年以上前 replyretweetfavorite

hori_kawa 自分の能力がいつどこで開花するなんて分からないからこそ、不思議。自分がどんな人間かをあまり解っていないという自覚は持っておいた方がいいということ 2年以上前 replyretweetfavorite