ソクラテス「いったいキミは、どうしてそんなにお金の心配をしてるんだい? キミんちって、そんなに貧乏だったの?」
サトル「いや、さっき説明したように、べつに貧乏とかじゃなくって、リスク分散のために……」
ソクラテス「じつは、今日の仕事が順調にいけば、ちょうど350円貯まるんだ。ねえキミ、今晩どう? ぼくと一緒にウシノ家の牛丼を食べに行かない? もちろんぼくのおごりで。ちゃんと半分コにするし、ぜったい多めに食べたりしないからさ。だから元気出しなよ」
サトル「人の話はちゃんと最後まで聞いてください! ぼくはべつに貧乏じゃないですって。牛丼くらい、好きなときにいつでも食べられるんだから」
ソクラテス「牛丼がいつでも食べられるだって? 何を言ってるんだい。リュディア王クロイソスじゃあるまいし。冗談ならもっとうまく言いなよ」
サトル「冗談なわけないでしょ。ていうか、リュディア王クロイソスって誰なんですか?」
ソクラテス「あれ、キミ、リュディア王クロイソスを知らないの? リュディアっていうのは、じつに途方もない国でね。パン、宝石、土地、大工1日分の仕事といった異質なものの価値を、共通のものさしで量ろうと企てたんだ。そして、それを世界ではじめてやってのけた」
サトル「はあ? いったい何の話をしてるんですか?」
ソクラテス「貨幣を発明したっていう話さ。この発明がどれだけ途方もないことだったか、キミは想像できるかい?」
サトル「いえ。まあ、すごいなあとは思いますけど」
ソクラテス「それはもう、法外にすごいことだよ。何しろ、貨幣が発明される前は、今日1日の労働が10年後に食べるパンに対してどれだけの割合の価値を持っているかなんて、誰もあえて考えようとしなかったんだから。