特別篇】ワシが『ニルヤの島』の次にSFアクションを選んだ理由

2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビューしたSF作家の柴田勝家さん。新作『クロニスタ 戦争人類学者』が、本日24日発売です。今回は特別篇として、作家の吉上亮さんから届いた質問と、伊藤計劃作品への想いについて語っていただきました。


『クロニスタ 戦争人類学者』(ハヤカワ文庫JA)

生体通信によって個々人の認知や感情を人類全体で共有できる技術「自己相」が普及した未来社会。共和制アメリカ軍はその管理を逃れる者を「難民」と呼んで弾圧していた。軍と難民の間で揺れる軍属の人類学者シズマ・サイモンは、訪れたアンデスで謎の少女と巡り合う。黄金郷から来たという彼女の出自に隠された、人類史を鮮血に染める自己相の真実とは? クラウド時代の民族学が想像力を更新する、2010年代SFの最前線!


Q.デビュー作の『ニルヤの島』から、『伊藤計劃トリビュート』収録の「南十字星」=今回の『クロニスタ』について、作品世界の描写の仕方について質問です。

『ニルヤ』では、舞台となる東南アジアの気候風土を感じさせる、やや焦点をぼかしたレンズで撮影した映像のような、「微睡み」を感じさせる文章で作品世界が描写されていたように思います。それに対して、「南十字星」では、人物や風景、SFガジェットなど、作品を構成する各要素につぶさに焦点が合わせられ、隅ずみまで克明に事物を映し出すデジタル撮影の映像のように、作品世界がくっきりはっきりとした像を結んで立ち上がってくる印象を覚えました。

 そこで質問の本題となりますが、新作『クロニスタ』では、作品世界をどのように想像しつつ、文章を執筆されたのでしょうか?
 あるいは、『ニルヤ』から『クロニスタ』になり、作品世界やキャラクター、SFガジェットの描き方で、「このあたりは変えている」などありましたら、教えていただきたいです。
 また「クロニスタ」を執筆するにあたり、モチーフとなったものや作品などもあれば合わせてお答えいただければ幸いです。
(吉上亮さんからの質問)

A.よ、吉上先生! 作品の書き方について、つぶさに見て頂き嬉しい限りです。『クロニスタ』と『ニルヤの島』では、確かにそういった撮り方の違いのようなものを文章で表現したかったところです。

 『ニルヤ』では主に社会が統合されていく過程を描きたくて、全体がぼやけていくように固有名詞などを意図的に廃していった章があります。この辺は諸星大二郎先生の『生物都市』をモチーフに描いていた部分でありました。全てが溶け合っていく不安と安心のようなものを文章で表現したく思っておりました。

 対して『クロニスタ』は、統合された社会から個人(この場合は特に主人公のシズマ)が剥がれ落ちていくイメージで書きたくて、文章をはっきりと鮮明に書くように気をつけました。特に固有名詞を増やして書いている箇所が多くあります。また風土に関して、『ニルヤ』が太平洋的な穏やかで湿気の含んだイメージで描いた一方で、『クロニスタ』は舞台となったアンデスと合わせて乾いた風をイメージして、クリアに見えるように書いていた部分もあります。

 キャラクターについては、『ニルヤ』では誰もが誰でも良いような、個性を欠いた描き方をしたのに対して、今回は作中のガジェットにも関わるところですが、登場人物が意図的にキャラクター化されている世界で描きました。変なたとえですが、ネット社会では現実での立場や地位が捨象され、平坦なものに統一されている一方で、個々人がキャラクターを演じているように感じています。今作の世界はそういった、全てが平坦になっている一方で、リアルではない人間像=キャラクター化した個人が前面に出ているイメージで書いています。

 あとは単純に書き方の話としては、『ニルヤ』だと一文が長く、ともすれば冗長な書き方をしていた文章を、短く切って淡白なものになるようにしました。これも作品の舞台であるアンデスという地理に引き寄せて、絶えず風に砂が混じるような雰囲気で読んで貰えたらな、と思っているところです。

 そして『クロニスタ』のモチーフは、いつかどこかで言おうと思っていたのですが、実は「ニーベルングの指環」になっています。全四部構成にしたのと、あとは登場人物の名前も捻って使っています。大きな部分は「ラインの黄金」を「黄金郷」に重ねて書いていた部分です。この辺は本篇の展開には関係ないので、ここでバラしておきます!


『クロニスタ 戦争人類学者』目次

『クロニスタ 戦争人類学者』登場人物表


Q.伊藤計劃から受けた影響と、作品で出した答えについて

A.クロニスタ』を書くに当たって、やはり伊藤計劃氏の存在は強く意識しました。軍事SFという点では『虐殺器官』に、人の意識の話では『ハーモニー』に、そしていずれも社会と個人の関わりというところで影響を受けました。もちろん、それだけでは単なる模倣になってしまうので、ワシ自身が書きたいものをダイレクトに詰め込んだりもしましたが、やはり同じジャンルの先行研究という意味でも、計劃作品を抜きには書けなかったと思います。

 以前に飯田一史氏がアクションエンタメSFとしての伊藤計劃作品の重要性に触れており、ワシ自身が大学生の頃に計劃作品を初めて読んだ時に感じた「ワクワク感」の正体に気づきました。古典的なSFしか知らなかったワシにとって、現代的かつ映画的な計劃作品は衝撃的で、SFというのはこういう表現ができるのかと、当時深く思ったものです。そしてアクションエンタメSFというジャンルに対して、ワシも真っ向から向き合いたくて今作を書いた部分があります。

『ニルヤの島』は計劃作品以外にもグレッグ・イーガンなど、ワシが好きなSFの思弁的な部分を推し進めて書きました。一方で『クロニスタ』では、その時に描けなかったアクションエンタメSFという部分を魅力的に書きたいという意欲がありました。あの時、一人のオタク大学生だったワシが受けた衝撃、SFの楽しさ、ワクワク感、そういったものを残していけないかと模索することが、今作を書く原動力でもありました。そして、あわよくば高校生から大学生、またSFを読んだことのない人、伊藤計劃作品だけを知っている人が、この作品を手にとってくれないかな、と思っている次第です。そしてそれが呼び水になり、より広くSFを知って貰えれば(大きなことを言う訳ではなく単純にワシの好きなものを知って貰えれば)、と高望みをしていたりもします。

 また今回の作品内で「物語」とは何か、それが語られる意味について問う場面があります。計劃氏が「物語」というものに対して意識的であったこと、それに対する一つの解答を出せたと思っています。

 作品を書く上で絶えず現れる問いに対し、ワシはこれからも答えを求めるでしょう。ですが今はひとまず、これで大学生時代に受けた計劃作品への御恩は返せたと思います。ある種の決別かもしれませんが、これから先はまた、ワシ自身が得た自分なりの問いと答えを、作品を通して見せていきたいと思います。



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クロニスタ』刊行記念 柴田勝家Q&A

柴田勝家

2014年に『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞してデビューしたSF作家の柴田勝家さん。今月24日に新作『クロニスタ 戦争人類学者』が発売することを記念して、読者の皆様から柴田さんへの質問を募集します。質問が採用され...もっと読む

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prisonerofroad #SF #book #interview 約4年前 replyretweetfavorite

Hayakawashobo 引き続き『クロニスタ』の著者・柴田勝家さんへの質問を募集中! 作品に関する質問から艦これまで幅広く答えて頂けますよ! #柴田勝家SFQ タグで質問しよう! https://t.co/0zR726ob7X 約4年前 replyretweetfavorite

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