笑いのカイブツ

神様の顔面を殴って、ハガキ職人をやめた日。​

ハガキ職人になって三年目。己をすり減らしてネタづくりを続けながら、ついに投稿を読まれることに、なんの喜びも感じなくなってしまいました。定年もリストラもない、ハガキ職人の晩年のお話です。
他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。

僕の家の近所には、オシャレなフランス料理屋がある。
幸せそうなカップルが、店の中に入っていく。

それを見るたびに、僕の体内にあるドブ川は反乱する。
当時の僕にとって、一番の敵は空腹で、二番目の敵は、幸せを見せつけられることだった。
その二つに今、正面衝突したのだ。
その光景は、コンタクトを外さないで眠った時のように、いつまでも眼球にへばりついて離れない。

僕も、そのカップルに続いてフランス料理屋の中に入る。

客としてではなく、そこで働いているウェイターとして。

「おはようございます」

毎日遅刻する寸前、ギリギリの時間に行く僕に、店長はいつも苛立っている。

「もうちょっと早よ来い」と冷たく言い放つ店長。
「はい」と答えつつも、店長が言ったその言葉を、実行する気はさらさらない。

さっきまで家でネタを出していた。見た目はいつも通りかもしれないが、中身は、顔を食べさせた直後のアンパンマンのように、えぐられまくって疲労困憊だ。

そのまま更衣室へ向かい、制服として支給されたオシャレなワイシャツに着替えた。


ハガキ職人になって、三年目に突入していた。

僕の中の信号機は、青信号しか存在しない。前へ前へ高速で突き進む。顔のパーツがすべて後ろに吹っ飛ぶような、何も残っていないくらいの高速だ。
何も考える暇はない。

けれどその頃にはもう、ネタを読まれることにも、採用されることにも、なんの喜びも感じなくなっていた。
そうなった瞬間に、ハガキ職人の賞味期限は切れる。
ハッキリとそれが切れたと悟ったのは、壁に貼った採用数をカウントした紙を、はがした瞬間だった。
だけど、やめるという選択肢はない。
僕は笑いに狂って生きるんだ。
心臓に手を当ててカイブツの気配を探る。鼓動が乱れている気がする。
今いるここは、まさしくハガキ職人の晩年だった。


ワイシャツに着替え終える。

「いつ見ても似合ってへんな」と鏡の前で首をかしげる。

そこに映っているのは、似合わないワイシャツを着た、不気味な顔をした坊主頭の男だった。
すべての顔面のパーツを失った、のっぺらぼうのカイブツ。それが僕の“本当の姿”のはずだ。
やはり現実の僕の姿と、“本当の姿”はあまりにも違いすぎる。

三年前、ハガキ職人を始める時、散髪屋で坊主にしたのを思い出した。
あの時も、確か僕は今と同じようなことを思った。

あの日から今日に至るまで、一体何が変わった?
電車の連結部分にずっといるくらい不安定な毎日は、その頃も今も変わらない。


更衣室から、ホールに出た時に、僕はようやく気付いた。

今日はクリスマスだったんだ。だから、こんなにカップルが多いんだ。

店内にいるカップルのほとんどが、僕とは住む世界が違うような美男美女だった。
特にあの女。モデルみたいに、いい女だな。
どうやったら、付き合えるんだろう?
僕のところには、ブス女さえ寄り付かない。

年齢と同時に童貞期間も更新。下半身の、ど真ん中のこれ、なんのためについてんだ?
オナニーする時間すらもったいないから、こんなもん、引きちぎって捨ててやりたい。

今この店内にあるのは、イケメンと美女、オシャレと贅沢、つまり生きることを楽しむことの天才たちの姿だ。
この人達は生きることを楽しんでいる。

その時、僕の脳裏に浮かんだのは、日本のテレビドラマだった。
あれを見ていると、まるでそうじゃない人間は、存在しちゃいけないと言われているように感じる。
こんな気持ち、こいつらには一生、分からないだろう。

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笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ
文藝春秋
2017-02-16

この連載について

初回を読む
笑いのカイブツ

ツチヤタカユキ

他を圧倒する量と質、そして「人間関係不得意」で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキさん、二七歳、童貞、無職。その孤独にして熱狂的な笑いへの道ゆきが、いま紐解かれます。人間であることをはみ出してしまった「カイブツ」はどこへ行くのでし...もっと読む

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コメント

electlightning  俺がハガキ職人やめられないのはやめたらこの社会とのつながりが絶たれるのではないかという不安。ANNにハガキ送る以外の社会との関わりを持っていないから。(ニートではない) 約4年前 replyretweetfavorite

temoten >生きるのが辛いから、笑いたい、笑わせたいと思う。誰かを笑わせようとする気持ちって尊い。だから僕はお笑いの芸人さんが好きだ。尊敬する。たとえ滑っても、その勇気が。 約4年前 replyretweetfavorite

haruukonjk 汗が弾丸になるとこがかっこよかった。自分よりずっと年下だけど苦労の達人だなと思った。・・・・・・・そこがいいのか。 約4年前 replyretweetfavorite

oimoyasann |ツチヤタカユキ カイブツとの描写に心がえぐられます。 https://t.co/b5Uaaliq5s 約4年前 replyretweetfavorite