パイロットが誘う最高の空旅

コックピットでは、流れ星もオーロラも日常茶飯事

パイロットが日常的に目にする感動の絶景とは? 飛行機から見えるオーロラの美しさって? ボーイングを飛ばして世界中をめぐる現役の旅客機パイロットが著した『グッド・フライト、グッド・ナイト』から、最も読者の反響があった部分を全5回の連載で特別にご紹介します。

ブリティッシュ・エアウェイズの現役パイロット、マーク・ヴァンホーナッカー
photo: Nick Morrish / British Airways

太古の世界を思わせる、光のカーテン

 コックピットだろうと客室だろうと、旅客機で夜空を見つめていれば高い確率で流れ星に遭遇する。私の場合は1回のフライトで、とくに探さなくても10個以上は流れ星を見る。

 目の端で何かが動いたなと思ったら、たいてい流れ星だ。めずらしくもないのでわざわざ同僚に教えることもない。

 まだパイロットになる前のある冬の夜、シカゴからボストンへ向かう便に乗った。左の窓側の席だ。乗客のほとんどは私と同じビジネスマンで、ノートパソコンを開いて仕事をしたり、経済新聞を読んだりと、静かに過ごしていた。

 フライトも中盤にさしかかった頃、窓の外に視線をやると、オーロラとしか思えない現象が見えた。席を立って何人かの客室乗務員に確認したところ、やはりオーロラにまちがいない。彼女たちも前方扉の窓から光の競演を眺めていた。

オーロラと満月、北極圏にて
photo: Josef Weis

 数分後、パイロットのひとりが客室を通りかかった。話をしてみると、じきに引退を迎えるこのパイロットでさえ、北極圏から遠く離れた空域で、これほど美しいオーロラを見るのは初めてだということだった。

 パイロットと話を終えて席に戻った私は、アクリル樹脂のガラス越しにオーロラを眺めつづけた。パソコンで音楽を再生するときに、オーロラを模したあざやかなグラフィックアニメーションが流れていた時代だ。窓の外に見えるオーロラを見たとき、最初は、あのアニメーションにそっくりだと思った。

 だが、しばらくすると雪に覆われた大地にパソコン画面にはない奥行きがあることがわかった。その上を囲む何層にもなった光のカーテンが、青緑色にちらちら光りながら、かすかに形を変え、うねっている。太古の世界をのぞいているような神秘的な感じがした。

 それ以前にもオーロラの写真なら見たことはあったが、空から撮影した地球がそうであるように、動きが失われるだけでずいぶん印象が変わるものだ。その日見たオーロラは、アイスコーヒーに入れたミルクか、水に垂らした染料のように、絶えず明るさと形を変えていた。

 これが夜の光の動きなのだ。渋滞や、かごいっぱいの洗濯物や、歯科の予約を離れた北の空では、毎日のようにこんな現象が起きているのだ。そんなことを思った。冬の闇を照らすオーロラは光の雲のようにも見え、下端へのびて消える光は風に吹きとばされる雨のようだった。

 夏、北極が白夜の頃に夜間飛行をすると、オーロラが踊りながら低い緯度の暗闇へ渡っていくのが見える。オーロラはそうやって全天に広がり、薄明や薄暮に消えていく。世界中の恋人たちがこの輝きを求めてアラスカのホテルに集うのも無理はない。

 ところが私が初めてオーロラを見たその日、機内放送が入り、客室乗務員がわざわざ客室の照明を落としたというのに、大半の乗客はすぐに読書灯をつけて書類やパソコン画面に注意を戻した。信じがたいことに、窓の外をちらりとも見ない人も大勢いた。

 そういう人たちの上には、長い一日を終えた気怠さが漂っていた。世界を股にかけて働くビジネスマンには、あっという間に次の長い一日がやってくる。窓に顔を押しつけて、地球の頂から発せられる磁力線に太陽風が吹きつける様子を熱心に観察した人はまばらだった。

 やがて旅客機はニューイングランド地方西部に向けて高度を落とし、オーロラは消えた。

ニューヨークの夜景
photo: Mark Vanhoenacker

 生まれて初めて見たオーロラに、パイロットになりたいという思いを強くした私は、ほどなくして航空会社のフライトスクールに合格した。

 身体検査に通ったところで、コンサルタント会社の人たちにも打ち明ける。私と一度でも出張したことのある人は、やっぱりなと思っただろう。

 ある同僚には「それで空にちなんだ言いまわしが多かったのね」と言われた。「青空案件」に始まって「第2四半期は強烈な向かい風だ」とか「高度3万フィートから俯瞰しよう」とか「あの会社にはなかなかいい滑走路がある」など、私がなんでも空と飛行に関連づけるからだ。

 別の同僚は私の肩に手を置いて「屋上のラウンジがお気に入りだったもんな」と言った。ブルースカイ・シンキング(青空を眺めながら考えることで発想を柔軟にする手法)のために用意された部屋だ。同僚はまた、出張で夜間の便に乗っても、私はなかなか寝ようとしなかったと指摘した。

オーロラが、あたりまえになってしまった

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

現役の旅客機パイロットが、大空への愛と飛行の感動を語り尽くす

この連載について

初回を読む
パイロットが誘う最高の空旅

マーク・ヴァンホーナッカー /岡本由香子(訳)

ボーイングを飛ばして世界中をめぐる現役の旅客機パイロットが、愛してやまない大空と飛行機について語り尽くした『グッド・フライト、グッド・ナイト』。 ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに入り、エコノミスト誌の年間ベスト・ブック...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Hayakawashobo 『グッド・フライト、グッド・ナイト』をご紹介いただきました。 4年弱前 replyretweetfavorite

hykw_NF 『グッド・フライト、グッド・ナイト』抜粋を特別にご紹介。最終回です。 4年弱前 replyretweetfavorite