号外》人工知能は宇宙探査に革命を起こすか?

人工知能ソフト「AlphaGo」が囲碁チャンピオンに3連勝したことが話題になっています。
『宇宙兄弟』にも人工知能を搭載したロボット”ブギー”が登場しますね。彼も、ムッタたちと一緒に月面を探索するメンバーの一員です。

現実の世界でも、人工知能を使った宇宙開発は行われているようです。
そこから、実現可能になる未来とは? また、その開発が難航している理由とは…?
NASAで働く技術者である小野雅裕さんによる、現在の宇宙開発における人工知能の研究を、分かりやすくお届けします!

アルファ碁の一件で、人工知能が大きな話題になっている。人工知能といわれてまず思い浮かぶのが、名作中の名作『2001年宇宙の旅』に登場するHAL9000ではなかろうか。人間に勝る知能を持ち、宇宙船ディスカバリー号による木星ミッションに「第6の乗組員」として参加するが、途中で反乱を起こして乗組員を殺害する。最後は生き残ったボーマン船長によって機能を停止させられるのだが、HAL9000が消えゆく意識の中で「デイジー・ベル」を歌うシーンは、この映画で最も印象的な場面のひとつではなかろうか。

若い読者にとっては、『宇宙兄弟』に登場するブギーや、『インターステラー』のTARSの方が馴染み深いだろうか。

実は現実の宇宙探査においても、既に人工知能は一定の役割を果たしている。もちろん、HAL9000のような人間並みの知能からは程遠い。しかし今後はさらに大きな役割を担うことが期待されている。本号外記事では、宇宙探査における人工知能の最前線と、人工知能が今後の宇宙開発をどう変えていくかについて、一般の方にもわかりやすく解説したいと思う。


火星では12年前から自動運転が実用化されている!?

ご存知のとおり、ここ数年で自動車の自動運転技術が実用化に大きく近づいており、Googleは公道での試験も始めている。

実は火星では、自動運転は12年も前から実用化されている。2004年から火星を走っている2台の火星ローバー、スピリットとオポチュニティーには、AutoNav(オート・ナヴ)と呼ばれる自動走行機能が搭載され、使用されているのである。2012年に着陸した最新ローバーのキュリオシティーにも、もちろんAutoNavは搭載されている。

地球と違って、火星には道路交通法なんてない。残念ながら火星人はいなさそうなので、人をはねたり、他の車とぶつかったりする心配もない。その点では、火星での自動走行は地球よりも簡単と言える。しかし一方で、火星人が親切に道路を舗装しておいてくれているということも残念ながらない。常にオフロードである。だから、岩や穴を認識して避ける機能が必要になる。その点では地球よりも難しいともいえる。

火星ローバーには、人工知能による「科学者」も搭載されている。AEGIS(イージス)と呼ばれるアルゴリズムなのだが、これは走行中に科学的に面白そうな岩を判別し、その写真を撮ることができる。なぜこれが重要かというと、火星から地球へ送れるデータ量は限られているので、走行中に撮った写真をすべて地球へ送ることはできない。すると、途中に偶然あった科学的に重要なものを見過ごしてしまう可能性がある。AEGISを使うことによって、データ量に制約されることなく、より大きな科学的成果を挙げることが可能になったのである。

宇宙における人工知能の歴史は、実は1998年にまで遡る。Deep Space 1という、技術実証と彗星探査を兼ねた無人探査機に、Remote Agentと呼ばれる人工知能が搭載されていたのである。僕のMITでの指導教官だったBrian WilliamsがNASAにいたころに作ったこのアルゴリズムは、人間の指示なしにアクティビティーを計画したり、故障診断をしたりする機能を持っていた。Remote Agentから派生したアルゴリズムは、現在もさまざまな宇宙探査ミッションに用いられている。

はじめて人工知能が搭載された宇宙探査機、Deep Space 1。(Image: NASA)

宇宙における人工知能の難しさ

既に囲碁のチャンピオンを破るほどの人工知能が出現したのだから、すぐに宇宙開発においても、人工知能が宇宙飛行士や地上の管制官に取って代わるだろう、と思われるかもしれない。

残念ながら、そう話は簡単ではない。何が難しいか。理由は主に二つだ。

ひとつは、宇宙探査機に搭載されているコンピューターが非力であることである。たとえば最新の火星ローバー・キュリオシティーに搭載されているRAD750と呼ばれるCPUは、1990年代のマッキントッシュに搭載されていたPowerPC 750の宇宙版である。クロック数は200 MHz、メモリはたったの256MBだ。

現在市販されているパソコンは、クロック数が2~3 GHz, メモリが4~16 GBといったところだろう。10倍以上の開きがある。単位からして、メガではなくギガである。しかも市販のパソコンのCPUはマルチコアが当たり前の時代だ。計算性能は、簡単には比較できないが、10倍どころの差ではない。

どうして宇宙探査機にはそんな前時代的なコンピューターが積まれているのだろうか。理由は放射線だ。コンピューターが放射線を浴びると、誤作動が起きる可能性がある。だから、放射線に強い特別なCPUが必要になる。その開発には時間とコストがかかるし、また繰り返し放射試験を行い、放射線耐性を実証する必要がある。そのため、宇宙で使われるコンピューターは、市販のコンピューターに比べて1世代、2世代遅れるのが一般的なのである。

二つ目の理由は、信頼性である。もちろん、HAL 9000みたいに反乱を起こすことを心配しているのではない。それでも人工知能が間違いを犯す可能性は十分にある。もし万が一、AutoNavが穴を判別し損ねてローバーが転覆でもしたら、それで2000億円の火星ミッションが水の泡だ。

だから、たとえ人工知能が使用可能であったとしても、可能な限り地上の管制官が全てをチェックし、非常に保守的に運用することが好まれるのだ。

そして人工知能自体も、非常に保守的な設計になっている。少しでも危険な状況になれば、ローバーを停止させ、人間の指示を待つ。 だから実は、火星ローバーがAutoNavによって自動走行する距離は、1火星日(約24時間40分)にせいぜい10から20メートルに過ぎない。もっとも、人間がマニュアルで指示を出して走行する距離も、長くても1日に100メートルである。虎の子のローバーを失わないように、それだけ慎重に運用されているのである。

火星ローバーに搭載されている自動走行機能AutoNav。(Image: NASA/JPL)

未来のミッションにおける人工知能の役割

前述した困難に関わらず、近い将来の宇宙探査において人工知能はどんどん大きな役割を果たすと僕は思う。いや、果たさざるを得ない、とさえ思う。

次の火星ローバーミッションでは、ローバーはキュリオシティーに比べ、1火星日あたりの走行距離を飛躍的に伸ばすことが求められている。マニュアルで走行できる距離には限界がある。自動走行の距離を飛躍的に伸ばさなければ、この目標は達成できない。

そのために僕は現在、AutoNavの信頼性を高める研究を行っている。機械学習を用いた地形判別と、より高度な経路設計を組み合わせることで、信頼性を妥協せずにアルゴリズムの保守性を減し、より複雑な地形を、安全に走行できるようにすることを目指している。

火星よりさらに遠くを目指すためには、さらに高度な人工知能が必要になる。たとえば遠くない将来、木星の衛星・エウロパの、厚さ10キロにおよぶ氷の下にある地底の海を探査することが検討されている。そこに生命が存在するかもしれないからである。(『2001年宇宙の旅』の続編『2010年宇宙の旅』を読んだ方は、ニンマリされているに違いない。)

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宇宙人生—NASAで働く日本人技術者の挑戦

小野雅裕 /小山宙哉

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。そんな宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』ス...もっと読む

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tarumed86 《 号外》人工知能は宇宙探査に革命を起こすか? https://t.co/jJbpixRnMS 3年以上前 replyretweetfavorite

hikkey32 #Yahooニュースアプリ 3年以上前 replyretweetfavorite