日本人の「当たり前」に問いかける
片桐仁(以下、片桐) 今回は、イギリス出身で、日本人の父とイギリス人の母を持つ現代美術家、サイモン・フジワラさんの「ホワイトデー」という展示ですね。1982年生まれと、まだお若い。
—— サイモンはケンブリッジ大学で建築を専攻していたこともあり、図面も描けて、会場のプランも空間と作品の関係を考えながら自身で決めました。そのうえで、今回の展示は通常とは順路が逆になっているんです。
片桐 へ〜。いつもは出口の方から入るんですね。あ、さっそく何かありますよ。ん? あれは毛皮!?
—— そうです。もともと絹張りの白いギフトボックスを用意していたのですが、ギャラリーにあったイギリスのデパートの紙袋を見つけて、これに入れよう、と。
片桐 ザ・インスタレーション、ですね〜。この紙袋の感じ……もう、事件の臭いしかしない! 「ホワイトデー」に贈られたプレゼントなのかな? それを置いていっちゃったのかな? 想像も膨らみます。
「無題(梅の木)」
片桐 これは何の木ですか?
—— 梅の木です。サイモンは2年前、飛梅の伝説でも知られる、福岡の太宰府天満宮の境内を使ったプロジェクトを行いました。そこで、お賽銭を投げるという日本人の習慣に興味を持ったみたいで。「自分の願いを叶えるために、お金を払って神様と直接取引しているのがすごく面白い」と。
片桐 だからか、よく見るとまわりに小銭が落ちてます。
—— 最初はサイモンが展示として投げたのですが、日に日に増えていきまして……正直、困っています(笑)。
「無題(梅の木)」
片桐 あると投げちゃいますよ、日本人は。もしくは、まわりにお金があると宿っちゃうとか。展示としては、置く場所の影響で、なんてことないものが美術品に見えちゃうっていう典型ですね。
「無価値」を再定義する
片桐 これは……コイン?
「コイン」
—— 1914年に作られたメキシコのお金です。
片桐 さっきのお賽銭と違って、ちゃんとピンで固定してありますね。
—— それは私たちからサイモンに「ここは固定させてください」とお願いしました(笑)。このコインは、その昔、奴隷制度があったプランテーションで、経営者が自分たちで作ったものです。なので、お金といってもプランテーションの中だけで流通していました。
片桐 ホワイトデーに奴隷制度のコインってことは、「男は奴隷」という意味なんでしょうか。これはサイモンさんが作ったんですか?
—— いえ、メキシコ人の知り合いからのプレゼントだそうです。
片桐 いまのところ、まだサイモンが作ったものが出てきませんね。
「扇子」
片桐 せ、扇子……。
—— こちらも本物のお金で作られています。ただ、先ほどのコインと同じく、今では価値がありません。このお札はフィリピンで戦時中に日本軍が大量に発行していたもので、戦争が終わって無価値になったあと、フィリピン人が加工してお土産として売っていました。
「扇子」
片桐 よく見ると「ジャパニーズ・ガバメント」って書いてあります。戦時中のフィリピンといえば、つい最近、天皇・皇后両陛下が54年ぶりにフィリピンを訪問されて話題になってましたね。
「再会のための予行演習」
片桐 叩き割られた陶器、その横にはハンマー……。犯人はどういうつもりで、現場にこれを……!?
—— サイモン初期の作品です。母と離婚した日本人の父親との久しぶりの再会で、サイモンは一緒に陶芸教室へ行きました。その時お手本としてイギリスからティーセットを持って行って、自分たちなりに真似して作ってみたのですが、うまくいかなかった。それで、主は一人であるべきだ、さてどちらかを壊さなければならない、という作品です。
片桐 しっかり背景の物語があるんですね。どちらを割ったのか、僕なりに結論は出ていますが、これは実際に作品を見た人に考えてほしいので、ここでは言わないことにします。
「マスク」
片桐 お! スターリンだ! ここに、このマスクがあるということは! そうか! そういうことなのか!! どういうことなんだ!?
—— ロシアの最高指導者にもなった、ヨシフ・スターリンのマスクです。サイモンが作ったものではなく、現地のお土産屋さんなどで売られていたものでしょうか。
「マスク」
片桐 日本でも東急ハンズとかに売ってるパーティグッズっぽいけど、それにしてはよくできてますよ。異様な彫りの深さ。これが「ホワイトデー」と、どういう関係なのかはさっぱりわかりませんが……。相変わらず自分で作ってませんね。
牛乳と社会主義
「乳糖不耐症」
片桐 作品名の「乳糖不耐症」というのは?
—— 簡単に言うと、牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしちゃう症状のことです。
片桐 なるほど。これはサイモンさんが描いた絵ですか?
—— いえ、違います。こちらは7点1組で、向こうの天井近くに吊るされた作品もセットです。描いたのは北朝鮮の人たちです。北朝鮮には、国家規模で運営している美術工房があり、金一族の肖像画などを描くための絵師が4000人ほどいて、その方たちが描きました。サイモンは「コップに入ったフレッシュなミルクを描いてください」と注文したのですが、牛乳の存在を知らなかった、と。牛を衛生的に飼うのも、新鮮なまま牛乳を運搬するのも、管理が難しいので北朝鮮にはないそうです。
片桐 ってことは、北朝鮮の人たちは新鮮な牛乳を飲んだことないから、お腹がゴロゴロしちゃうってことか! そう考えると、ショッキングな作品ですね。飲んだこともないものを描かされるという。
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