東大駒場寮物語

女子寮は秘密の花園だったか【特別編vol.2】

『東大駒場寮物語』著者で、元駒場寮委員長である松本博文さんと、東大卒で、今はなき東大の女子寮・白金寮に住まれていたBL研究家の金田淳子さんが初めて対談。同世代の二人が、90年代の東大生、そして90年代の東大の学生寮のリアルに迫ります。

白金に釣られたら…

担当 さて、金田さんは東大の女子寮である白金寮にいらっしゃったわけですが…

金田淳子(以下、金田) ええ。例えばみんなで飲んでて「女子寮そこだから」って言ったら、だいたい男子学生の誰かが「え? じゃあ送ってく!」っていう話になるんですよ。その女子寮まで来て、そこまではワクワクして目を輝かせている。

松本博文(以下、松本) それはそうでしょうね。下心と好奇心で。

金田 しかも、立地的に白金じゃない? そして歩いてたら、いい感じの森みたいなのが現れて、その森の向こうに聖心女子大の門が見える。

松本 いいですねえ。『ノルウェイの森』みたいじゃないですか。やれやれ。

金田 が! その聖心女子大の門が見えた時点で、「はい、こっちです」っていう。(違う方角に)寂れた門。ごみの日にはごみが置いてあって、散らかってて、すでにカラスに荒らされ生ごみの臭いがしている。その門をくぐって玄関に行くと、玄関は靴でいっぱい。置いちゃいけないところに、靴がいっぱい置いてある。「これもう、絶対履いてないよね」っていう古ぼけた靴もいっぱい。で、なんともいえないくっさい臭いが漂っている。さらにこれは大学側のいやがらせだと思うんですが、床が乾いた血のようなどす黒い赤色。

松本 (爆笑)。まあそれが現実ですよね。

金田 男子学生はそれを見て、民話に出てくる男性のように、ほうほうのていで逃げていく。顔色が蒼白に変わってましたね。ちょっと前まで、「女子寮! 女子寮!」って言ってたのに。しかも直前まで聖心が見えてるっていうのが、凶悪なんですよ。なに期待持たせてんだよ、みたいな。

松本 ああ……。ワクテカして来たら……。

金田 私も、わるい気持ちで、「じゃあ、入れられないけど、寮のところまで来る?」とか言いながら、男性を連れてきて驚かすというのを、よくやりましたね。民話にでてくる鬼婆のように。

寮生はお金がない


松本博文『東大駒場寮物語』、発売中!

松本 でも本来、男を連れ込むなどというのは、ギルティなわけですね。

金田 もちろんです。しかし、残念ながら犯罪者はいましたね。実は十室ほどだけ一人部屋があるんだけれど、壁がすごい薄いから、丸聞こえなわけですよ。男を連れ込むまでは許す。でも、声が聞こえてくるというので、聞こえてくる位置に住んでた人は、世が世なら闇討ちにしかねないぐらいの勢いで怒ってた。連れ込んでいた人は常習なんですが、退寮にはなりませんでしたけどね。基本、寮生たちもルールを守らない人に対して、退寮をせまるほどの勢いは無くて、他人のご飯を常習的に盗んで食べていたという人も、反省文を書かせて、退寮にはならなかった。

松本 ああ、盗難といえばね、駒場寮も毎日のように盗難の騒ぎがあった。

金田 盗難は発生しちゃうんですよね。共同で暮らしてて、みんなそこまで仲いいわけじゃないし、別の階の人とかは名前も把握してないから。食べ物を盗む人がいると、毎日なくなりますからね。

松本 駒場寮は僕たちの頃で、400人ぐらい住んでいました。白金寮は、それに比べれば人数が少ないから、だいたいこの人だろう、っていう特定はされますよね。白金寮はどれぐらいの寮生数だったんですか?

金田 80人ぐらいですかね。入寮選考委員がいるんですが(自治寮の白金寮や駒場寮では、寮生自身が入寮者の選考をしていた)、不況のせいもあってか、いつも定員以上の人が申し込んでました。それで、4割ぐらいまでが、韓国と中国の人を中心とする留学生。あと、半分かそれ以上が、院生ですね。

松本 なるほど

金田 白金寮のシステムって、入寮選考はすごく厳しいんです。親の収入状況とかを厳しく見る。でもその後、学振をもらう人(博士課程やその後に日本学術振興会特別研究員として採用されると、期限付きで月20万円ほどが支給される)の調査などをずっとしてるわけではない。「お金、いま持ってるよね」という人もいたりするんですよ。でも、1年か2年間学振をもらってるから寮から放り出して、それがまたなくなったから家賃が払えなくなる、という不安定な研究生活をさせていいのかどうか、ってことですよね。院生が多いから、そういう事情をわかってる人が多くて、いまお金あるのかどうかについては、みんなあまり厳しく問わなかった。

松本 わかります。僕が住んでた駒場寮もだし、僕が駒場寮のあとに住んでいた井の頭寮は専門課程(学部3年生)以上の寮で、院生がとても多かった。僕らの寮は定員に余裕がありましたけどね。

金田 あとは休学ですね。白金寮はもうなくなりましたけれど、新しい寮に替わるというときに(現在女子寮はなくなり三鷹、豊島、追分の各国際学生宿舎に女子学生が入居している)、1年でも休学をしたら放り出されるという大学運営の寮が多いが、それはどうなるのか、ということを、私は一番心配にと思ってました。修士はともかく、博士課程の場合、途中で休学を入れて働くとか、休学の間に独自に研究を進めるとかしないと、とてもやっていけないんです。貧乏だからこそ、寮に入っているのに。それに一年間の留学などで、いちいち部屋を放り出されたら、金持ちか、実家が首都圏の人以外やっていけないんじゃないかと思います。

「この寮は入らなくていいんじゃないか」


著者・松本博文

担当 ところで親御さんが入れたくなる、ということはなかったですか? 女の子だから、寮の方がいいだろう、と。

金田 白金寮を見に来て、それで安全だと思う親がいたとしたら、それは変人です!

松本 そうなんですか(笑)

金田 私が白金寮に入ったのは院生になってからなんですよ。学部に入学した当初に親と一緒に白金寮を見に行って、親が青ざめて。うちも、金持ちでも名家でもなんでもないんですが、きれい好きな母が、私が言う前に「ここはダメでしょう…」って。寮に住むと、男を連れ込みづらいので、そういう面での心配は減るかもしれないけど、どうしてもやりたければ彼氏の家やホテルでするだけの話なんで、それはそもそも本質ではない。

松本 たしかに。僕も父親からほとんど何も言われずに育ったんですけれど、大学受験前後に2回だけ、言われたことがあって。一つは、そんなに法学部にこだわる必要はないんじゃないかと、これは後から振り返れば、まったく正しいアドバイスだった(笑)。もう一つは合格後、一緒に駒場キャンパスを訪れたときに、「この寮には入らなくていいんじゃないか」と。うちはもちろん裕福な家庭ではなかったですけれど、この寮の見た目は、ちょっとひどすぎるんじゃないかと(笑)。

金田 私も親がそう言ってくれたことに感謝しましたね。「じゃあ、部屋代出してくれるってこと?」って目を輝かせて。私は地方出身者によくある、東京に対する夢みたいなのものも当初はあって。家の掃除をしないくせに、おしゃれな生活してみたいって思ってたところもありました。それで一人暮らしを長い間してました。でも、法学部出た後にわざわざ文学部に学士入学して、院に行くっていうのは、親もいいかげん想定外ですよね。それ以上頼るわけにもいかないしということで、一時は姉と暮らしたんですが、きれい好きの姉に怒られる日々が続いて。

松本 (笑)

金田 そういった時に、上野ゼミ(社会学者の上野千鶴子教授のゼミ)に一緒にいた人が、白金寮にいたんですよね。彼女から寮もなかなかいいもんだよ、ということを教えてもらったんですよ。「金田さんの状況だったらおそらく入れると思う」って言ってくれたんで、申し込んで。

松本 そういう経緯を経て、寮に入るパターンもありますよね。駒場寮も途中から入る人も多かった。入学と同時に僕の同室に入ってきたK君は、1年半ぐらいで寮を出たあと、さらに2年ぐらいしてもう一度駒場寮に入り、退学になってもしばらく住み続けてました。そして彼が中川淳一郎さんを誘って一緒に住むことになるんです。
(中川さんの経緯はこちらの記事をご覧ください)

熟練の寮フたち

金田 男性禁制の話に戻ると、寮への男性の立ち入りは親族以外は許されません。引っ越しなど、特別な場合ぐらいですね。その場合も、「ただ今から引っ越しのため男性の方が入ります。ご了承下さい」と全室に放送するんですね。あたかも男性が危険物かのように。ただ私たち、夏とか油断をしまくりで、キャミ一枚でまったくブラをせず、乳首見えてますよぐらいで、歩いちゃってるんですよ。クーラーとかないから。

担当 クーラーなかったんですか?

金田 備品ではなかったです。個室の自分の部屋に、自腹でやる分にはいい。ただし、そもそも電気容量が少ないので、ブレーカーが落ちる場合には、折衝が必要となる。クーラーをつける人が何人もいたら落ちるから。私は途中で限界が来て、クーラーを買ってしまいましたけど。

松本 駒場寮でも電気はいつも問題で。大学側が一方的に、住むのも違法、と通告して以降、電気が止められて、寮自治会が自家発電をしていたんです。その際には、一人部屋には電気が通されず、ろうそくで過ごさなくてはいけなかった。

金田 ろうそくとは…すごいですね。で、男性の話ですが、寮内にいて、どこにでも入れるただ一人の男性として、Sさんという、長年、寮夫をしてらっしゃる男性がいました。白金寮の歴史を聞くならSさんと思うんですけれど、東大の職員として、基本はご飯を作る、共用の備品はどこにあるのかなどの用事も聞く。もう一人、長年、寮母をされている気さくな女性もいて、このお二人がご飯をつくっていいました。かつ、公共部分の一部の掃除に来ている年配の女性と、合わせて3人の人がいる。うち、男性はSさんだけなんです。定年の後はバイトとして入ってくださっていて、本当にありがたかった。私たちは夏も、Sさんに対しては油断をしまくりで、Sさんも、自分の娘ぐらいの気持ちで、しょうがないぐらいに思っていたんじゃないかな。不潔さ、ちらかり具合、ルール守らなさとか、女性に対する夢が全て失われたことでしょう。

松本 まあ、最初の5年ぐらいで崩壊しますよね。

金田 いやあ、5年どころか、5週間で崩壊でしょう(笑)

松本 他の東大の寮も、そういう何十年も働いている、という人が多かったように思います。駒場寮もKさんという、長い間受付や電話番をしてくださった女性がいました。駒場寮ではジェンダーフリーの観点から「寮フ」という呼び方が定着していました。

金田 3か月単位とかで雇い替えするってわけにはいかない仕事ですね。白金寮だけのローカルな決まりだらけで、ローカルすぎるから、簡単なことをしているように見えて、実はある種の熟練の職人さんなわけです。Sさんたちは、寮生にとってかけがえのない人になってて、私生活でも絶対に犯罪に及ばないっていうこともわかっていますので、全幅の信頼を寄せられていました。逆にSさんから訴えられてもおかしくないぐらいでしたよ。バスタオル一枚で歩かないでほしい、とかね。

共同生活にトラブルはつきもの

金田 私が寮にいた7年間でも、普通に風呂をのぞきに来る犯罪者の男とかいたんですよ。私たちの時にはとある機械警備会社と契約をしてたんですけど、週に一度は警報が誤作動して、まったく役に立ってなくて。だから(のぞきも)普通に正面から入ってきて、正面から逃げたんじゃないかと思われます。ある日の夜中に「殺されてるのか?」ぐらいのものすごい悲鳴が上がったんですよ。どうもお風呂のほうだと。そのときは最終的に警察が来ました。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

角川新書

この連載について

初回を読む
東大駒場寮物語

オオスキトモコ /松本博文

ムツゴロウ、野田秀樹、堀江貴文、小池龍之介など様々著名人が巣立った日本最古の大学寮は、著者が入学した93年には廃寮計画が進められていた。寮にまつわる数多の史実を交え描く、筆者たちの実録青春記。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

aoneko  興味深い。 3年以上前 replyretweetfavorite

909st おもしろい https://t.co/BebbVQLWhp 3年以上前 replyretweetfavorite

kkanata https://t.co/ILzB3h4BTt 見ただけでヤバいってどんな寮だったんだ... 3年以上前 replyretweetfavorite

2966_account >白金寮を見に来て、それで安全だと思う親がいたとしたら、それは変人です! https://t.co/YGBaM7ef3x その寮に入ってたって人はこんなこと言ってるけど 3年以上前 replyretweetfavorite